40代で会社を辞めた人のリアル 3回転職を経験して分かったこと



こんにちは!


中小企業診断士で40代で転職を3回経験したリアル営業マン、ことまです。

こっさんと呼んでください。


以前から、アパレル営業マンだった私がずっと考えていたことがありました。

「俺の仕事人生はこのままでいいのか・・?」

というものです。

悩みすぎじゃね?
まあ人生なんか適当でも何とかなるっぺよ!

いいわね。
モノホンバカは悩みがなくて。。

ホンモノは違うでしゅね。




私のアパレル業界が斜陽産業と言われており、安定していないのも理由だったと思います。

しかも昔からバカだった私はコンプレックスを持っており、いつか仕事ができる凄い人になりたいと考えていたんですね。。


そして、色々と勉強して中小企業診断士というコンサルの資格をとってからもアパレル営業をしていた時に、

「本当にこのままでいいのか!?」


という想いがMAXになり、私は40代で18年間いたアパレル業界を去ると共に退職することにしたんです!

しかも、次の職場が決まっていないのに。。


どうなってしまうのか!?


ということで、今回は40代で会社を辞めた私のリアルをお話したいと思います!

  • 私はアパレル業界のままでいいのか?
  • 40代の私はこのままでいいのか!?
  • 40代の私が未経験業界に挑戦!転職後の奮闘記
  • 40代で営業から未経験転職を経験して今思うこと



以上の内容を転職後の仕事話と共にお話したいと思います。

もし、40代のあなたも「このままでいいのか?」と考えているのなら、何かのヒントになると思いますので、是非とも参考にしてください!


私はアパレル業界のままでいいのか?



私はずっとアパレル業界にいたのですが、アパレル業界の不安定さや適当さに将来を不安視していました。

そして、「一生アパレル業界のままでいいのか?」という想いがずっと頭にあってモヤモヤしていたんですね。


また、バカであることが私のコンプレックスだったんです。

なので、国家資格である「中小企業診断士」を取得しました。


苦労して取得した資格だったので、

「これから刺激的な毎日が待っているに違いない!」

と、私は期待に胸を膨らましていたのです。


そして資格取得後、私の仕事や生活が激変しました!

と言いたいとこなのですが、特に何も変わらない現実が待っていたのです。。


「なぜ!?」


と思っていたのですが、そりゃそうですよね。

今までやってきた営業の仕事が突然、経営関係の仕事になるわけでもないし、お客さんが急に変わるわけでもない。

特に私がいる会社は規模が小さいので、経営企画室や経営知識を活かせられる仕事もないし当然だったんですよ。。

小さい会社では活かしきれない。


「なんてこったい!!」


という気持ちでいっぱいでした。


もちろん、中小企業診断士の知識がまったく活きないことはありません。

営業のやり方や数値計画の作り方の考えは変わりましたし、会社全体のことも考えるようになりましたしね。


ただ、今までの仕事を変わらず続けていたのですが、会社の社長との関係や会議はやりづらくなりました。


社長はプライドが高いので、私みたいに経営知識を持たれると嫌がってましたし、もちろん決算書なんて見せてくれません。

自分の給料を知られると嫌でしょうし、口出しされるのも嫌なんですね。。


そして会議での数値計画の話や会社の話になると、私に気を使いながら話すんですよ。


例えば、

「まあ、ことま君(私です)は数値に詳しいから、分かってもらえると思うけど。。」

「会社のことはことま君の方が詳しいだろうけど、私はこう思う。」

みたいな、いちいち前置きして話すのがうっとおしかったですね。。


中小企業診断士の合格後はこんな感じで、特に変化なく過ごしてました。


変わったことと言えば、試験のことを考えなくてすむこと、試験勉強をしなくなったので、時間を持て余すこと。

それぐらい。。


なので、試験勉強で使っていた時間を別の時間に使うことにして、専門書を読む時間にあてたり、中小企業診断士のイベント、研究会や飲み会、補助金の手伝い、共同執筆の時間に使うようにしました。

つまり、副業として中小企業診断士活動をすることにしたんですね。


資格学校の仕事や受験生支援の活動に参加できるチャンスもあったんですが、私はやめました。

なぜなら、中小企業診断士としての能力に自信がなかったため、実務(コンサル活動)の方に力を入れたかったからです。


なので、診断士活動に積極的に取り組んだ結果、中小企業診断士の人脈が爆発的に増え、補助金や執筆の仕事(無償)をさせてもらうようになりました!


こんな感じで仕事以外は充実したんです。


40代の私はこのままでいいのか!?



会社での仕事以外に、中小企業診断士活動が充実し出していたのですが、具体的に何を行っていたのかと言いますと、月に1回開催される、中小企業診断士が集まる研究会をいくつか掛け持ちで参加していました。

4つほどの研究会に参加し、飲み会にも参加して積極的に話しかけ名刺交換を行っていたんです。


私は営業なので、積極的に話しかけることや場を盛り上げることを得意としていたので、名刺の数がかなり増えました。

ただ、飲み会代もバカになりませんでしたけど。。


そして、増えた人脈を活かして補助金支援も行っていました。

具体的には、先輩診断士から「小規模持続化補助金」の手伝い依頼で、駆け出し診断士の数人が集まり協力して申請書作成を行うというものです。


土曜に社長にヒアリングを行い、日曜に皆で集まって打ち合わせ、平日の夜に申請書作成を行います。

何件かを受け持ってたのですが、これが時間がかかるんですよ。

なんせ、やったことないですし、最初は申請書の書き方もよく分からないですから。。


実は補助金支援は無償だったのですが、それでも、実務経験が積める理由で引き受けたのです!

申請書作成経験ができるのは貴重ですし、何より、”中小企業診断士として” 活動できていることに喜びを感じていた自分がいました。


また別の仕事として、共同執筆をある人脈からの依頼で受けました。

中小企業診断士の数人で集まって記事を書くものですが、こちらも無償です。


共同執筆でも本の著者に自分の名前が出ることで、自分の拍が付くと思ってましたし、何事も経験だと思ってたのでやりました!


結果的には、あまり拍は付きませんでしたけどね。。


自分の能力不足を痛感する



研究会や補助金、共同執筆等で、中小企業診断士活動を忙しくしていたのですが、落ち着いてくると、


「次は何をすればいいのだろう?」


という、壁にぶち当たりました。


せっかく取得した、中小企業診断士の資格を活かしたい、何かをしたい、でも何をすれば良いのか分からない。。

今までは、たまたま知り合った人達からの依頼仕事をお手伝いをしていたのですが、そこから先、どう動けばいいのか私には分からなかったんです。


中小企業診断士の私としては、やはりコンサルティングをしたかったんですが、どうすればコンサル案件を取れるのかも分からない。

ただ、コンサル案件をとったところで、どうコンサルしたらいいのか分からないし、今までの経験では知識も能力も足りないし、やれる自信もない。。


自分が詳しい業界はアパレルだけなので、仕事上でかかわりのあるアパレル企業をコンサルするわけにもいかないのに加え、平日にコンサルする時間もありません。


だから動けなかったんですよ。。


やはり中小企業診断士には専門性が必要で、専門性がないと何をウリに集客したらいいのか分からない。

私は営業を専門としていましたが、だからと言って人に教えられることが何か分からず、自信を持って支援することができなかったんです。


とにかく、分からない、自信がないのオンパレード。

私は正直、途方に暮れていたんですね。。


私のウリにできるものは何なのか、どうすれば専門性を身に付けれられるのか 。。


そんな今後どうしようか途方に暮れているときに見つけたのが、起業支援を行っている協会ブログでした。

協会ビジネスとは、「自分が先生となって顧客をたくさん作り出す従来の講座型ビジネス」ではなく、「自分のコンテンツ(講座、コンサルティング、カウンセリング、施術など)を販売してくれる講師・コンサルタントを養成し、その講師の活躍をサポートすることでビジネスを拡大していく」ビジネスモデルのことをいいます。

協会ビジネス推進機構より



私は、「これだ!」と思いましたね。

まさしく、私が求めていたことだと確信したんです。


なぜかと言いますと、起業支援という専門性に加え経営知識も活かすことができ、セミナー中心なので土日で活動が可能だったからです!

そして起業支援を専門できれば、今後の私の突破口になるのではと考えたんですね。


正直言うと、コンサルタントは今までの自分の経験を活かしたり、コンサル経験によって自分独自のサービス(商品)をつくるべきという考えが私にはありました。


ただ、

「自分の商品(サービス)がないのであれば、買ってしまえ!」


という考えに至ったんです。

つまらないプライドなんか捨ててしまえ!と。


そして、少し前まで途方に暮れていた私の目の前がパッと明るくなったんです!


少しお金がかかりましたけどね。。


営業マンが個人事業主となる



私は起業支援コンサルタントとして名乗り、個人事業主として開業することにしました。

ただ、独立したのではありません。

会社員としてアパレル営業をしながら、個人でコンサル活動をすることにしたんですね。


こうして私は会社員ではあるのですが、開業届を出してようやくコンサルタントとして出発できたと思ったんです!

まあ、でも人生そんなに簡単ではないですよね。(笑)

集客は大変でしたし、セミナーなんかやったことなかったんで最初は全然うまくいかなったんですよ。。


ブログで集客しようとホームページ作成しようとして、撃沈。。

ホームページなんか作ったことないし、IT音痴だし、ほんと何度もゲロ吐きそうになりましたよ。。


ただ、苦労しながらも何とか少しは稼げるようになったんですが、私は満足できなかったんです。


なぜかと言うと、協会ビジネスのため、協会の考えを伝えることが任務であり、自分の見解でコンサルができない。

なので、セミナーはしていたのですが、余談で自分の考えを語る程度で、コンサルはしていませんでした。


でも、やっぱり私はコンサルがしたかったんですね。


ただ、このコンサルをしたい願望は、セミナーをやる前とは違う感覚ではありました。

セミナー前は漠然としたコンサル願望だったのですが、セミナーをやって実際に色々な起業家や経営者と話をすることで、自分の知識と経験の無さを実感したからです。


やはり、行動して実体験を得ることは大切だと思いましたし、途方に暮れていた時に比べて、少しは成長したのかなと思いました!


アパレル会社の業績が低迷で退職する



起業支援セミナーの経験を通じて、「コンサルをしたい」という願望が再燃しだしたころ、本業であるアパレル会社が不振で規模縮小することになったんです。

中小企業診断士として、私は再建を図るものの再建能力や経験がないためうまくいかない。


ちょうど私は40代になって、

「40代の私はこのままでいいのか!?」

という想いが強くなったんです。


バカから卒業したくて中小企業診断士の資格を取得したけれど、活かせきれていない、モヤモヤが消えない。。

仕事ができる凄い人になりたいのに、なれないどころか所属している会社の経営は傾いている。。

「いや、このままでいいはずがない!!」

私にはやりたいことがあります。

諦めきれないことがあるんです。。


それが「コンサルタント」だったんですね!

そして、


「このままでは絶対に後悔する!!」


と考え、会社の規模縮小をきっかけに会社を辞めてコンサル会社に転職することにしました!


ただ、下記記事にてご確認いただければと思うのですが、焦って転職したため、1社目のコンサル会社は失敗したのですが、すぐに転職し直して本物のコンサル会社に転職できたんです。


【参考記事】40代で転職に失敗した!1ヶ月で辞めた私が人生終わりにならなかった理由



そして、「このままでいいのか?」と考えていた私は、アパレル営業マンからコンサル会社にて再出発することができました!


40代の私が未経験業界に挑戦!転職後の奮闘記



私が中小企業診断士の資格を持っているとはいえ、40代でなぜ未経験のコンサル会社に転職できたのかには理由があります。


転職サイトと転職エージェントで常に情報を集めていたのが決め手ではあるのですが、その他にもあるんですね。


実はその合格したコンサル会社は、社長が中小企業診断士であることから、同じ診断士として可能性があると私は感じてましたし、従業員に診断士が多いことも有利になると思ってました。


また、タイミングも良かったんですね。

そのコンサル会社は財務に強く、普通であれば私の財務能力では難しいのですが、今は業務拡大をしているらしく、財務以外にも力を入れていきたいという絶好のタイミングだったことも要因です。


なので、40代で未経験の私でも入社することができたわけであります。

正直、私はかなり運が良いと思いました。

なぜなら、中小企業診断士になってコンサルをしたいのに、コンサルをする機会もなければ能力がないと嘆いている企業内診断士が多い中で、

  • 40代のおっさん
  • コンサル未経験
  • コンサル知識と能力は高くない



そんな人間である私が、本物のコンサル会社に入社し、「このままでいいのか?」といったモヤモヤ思考からも脱出できたので、もう言うことなしですね!


このときはそう思ったのでした。。


繰り返しますが、40代のおっさんが未経験でコンサル会社に入れるなんて、ほとんどあり得ないんです!

なんせ、私自身がそうでしたが、100社以上も応募して変なコンサル会社の1社しか通りませんでしたから。。


コンサル会社は基本、若手か経験豊富な人しか転職できません。

激務な割に最初は給料が高くないので(経験を積めばかなり上がります)、若手しか難しいですし、40以上であれば高給にはなりますので、経験豊富で即戦力しか取らないです。

なので、私は運が良いと思っていましたし、かなり気合を入れて新しいコンサル会社に入社しました!

なんせ、念願のコンサルタントですからね!!


また、私が気合を入れていた理由は、コンサル会社に転職できた他に “財務に強い会社” だったということもありました。

前述しましたが、私は数字に強くなく、むしろ弱い方だったんですね。。


でも、なぜ数字に弱い私は財務が強いコンサル会社に転職したと言いますと、私が数字に弱いというコンプレックスを持っていたことに加え、「仕事ができる人は数字に強い」と勝手に考えていたことにあります。

やはり、数字でモノを語ることに憧れを抱いてましたし、経営計画も数字ありきだと思うんです。


なので、マーケティングや組織人事、営業、IT等、色々ある中で、あえて財務(数字)に強い会社に転職したんですね!


最初は訳も分からず、めちゃくちゃ大変でした。。


ただね、、

やはり、私がしたかったコンサルに加え、数字に関連した業務をさせてもらうのに凄く充実感を感じていたのです!


もちろん最初は見習いやサブ扱いですけれども、自分が前からやりたかったことである、決算書を見ながら経営計画を作成することや補助金支援、公的業務である専門家派遣も一人でさせてもらい、顧問としての面談も行う。

まさに私は今、コンサルタントではないですか!


しかも、レベルの高い民間業務を主に行っているんです!


こんな感じで、中小企業診断士を取得して初めて、資格を活かし、コンサルティングができる喜びの中、サブコンサルタントとして私は凄く燃えていました。


本格的なコンサル業務が始まる!



私が入社してから3ヶ月ほど経過したころ、初めて経営改善計画書というものを一人で担当させてもらったんです。


「経営改善計画書」とは、これから会社を興すとか新事業を行う場合の事業計画とは違います。

債務超過である会社に多いのですが、既に融資を受けた借入金の返済が業績悪化によって返済が難しくなった際に、月々の返済額を減らしたり、返済スケジュールの変更、時には新たな融資をお願いするために金融機関に提出する計画のことです。


経験がある人であれば分かるのですが、知らない人の方が多いと思いますので、例として「日本政策金融公庫」の経営改善計画書を少しUPしておきます。↓



日本政策金融公庫の経営改善計画書は合計20ページほどで少し内容が薄いのですが、私のコンサル会社では、さらに内容が細かく30~50ページほどになるんですね。

事業計画書の詳細をもっと知りたい方は下記記事を参考にしてください。


【参考記事】営業マンでも分かる事業計画書 必要項目と書き方、例も紹介!



ただ、中小企業診断士でも当社ほどの緻密な計画書を作成できる人はあまりいませんし、それぐらい当社のコンサル会社の計画書は凄くて私も非常に勉強になりました!


ともかく、月々の返済を何とかするために金融機関に提出する計画をペーペーである私が作成したわけです。

通常はペーペーコンサルタントに一人で作成させないのですが(失敗したら金融機関からの信用がなくなるため)、上の者が忙しかったことに加え、簡単なほうの案件だったので、ようは私は放ったらかしにされていたわけですね。


まあ、力量が足らない私にとっては簡単な案件でも非常に難しかったんですが。。


詳細は避けますが、担当した会社は債務超過で実態バランスシート(決算書のBSから資産にならないものを引き、負債である役員借入金等を資本に組み込む等)がさらに悪化、赤字で減価償却費もほとんどないため、簡易CS(キャッシュフロー)もマイナス。

計画では、1年目は借入金の支払いを止め、2年目からは残高プロラタ(単純な借入残高に応じて返済額を按分する方法)にて返済しつつ、具体的な売上増加方法とアクションプランを盛り込んだのです。


そしてこれが、うまくいっちゃったわけですよ。


簡単な案件であることを前提ですが、上司からも特に注意されることも怒られることもなく(計画のチェックは当然あります)、好き勝手に動いた割には、金融機関への交渉もうまくいきましたし。


このように、初めての1人経営改善計画書が、たまたまうまくいってしまったおかげで、 社内での評価がかなり上がってしまったんですね。。

結果、その3ヶ月後に私はメインコンサルタントになってしまいました!



そして、ここからが「本当のコンサルタント仕事の始まり」であり、「苦悩の始まり」でもあったのです。。


転職後の苦悩



元々、入社した時はアパレル時代よりも給料が低かったのですが、コンサル会社に入ってから半年後、メインコンサルタントになったことに加え、評価があまりにも高かったせいもあって、給料は大幅に増えました!


なぜ、メインコンサルタントになれたかと言いますと、評価が高すぎたせいもあるのですが、同僚のコンサルタントが辞めてしまったことも理由です。

なので、私がやるしかなかったんですね。。


まあ玉突き人事であれ、今後は私がやるしかなかったので頑張ろうと決心したんです!


でも、急にすっごい難しい案件を任されることになったり、ボスの詰めが厳しくなったんですね。

また、金融機関から舐められたりして(銀行マンからあんまり分かってないヤツだと思われると、思いっきり見下してきます。全員ではないですが。。)、最初はほんとに胃がキリキリしてました。


失敗することも多く、挫折することが多かったですね、ほんとこの時は。。

でも、必死で取り組むことで業務にも慣れていくと共に、金融機関からも信頼を得ることができ、対応がガラッと変わりました。


数値のことを詳しく分かって、こちらから打ち返しや新規融資案を金融機関に提案することで主導権を握ることができますし、金融機関の事情を知ることで計画もスムーズにいきます。

また、保証協会とのやり取りは普通、金融機関が面倒くさがる仕事なので、我々が行うと金融機関からほんとに感謝されますし、その後は凄く頼られますね。


金融機関・保証協会事情を知らないことや、金融調整、数値に弱い中小企業診断士が多いため、私のコンサル会社は金融機関から頼られる存在だったんです。

経営改善計画書はもちろんですが、事業計画(資金調達案件)も結局は「金融機関との調整」が一番重要なんですね。


金融機関に相談することなしに計画策定を勝手に進めることや、金融機関事情(稟議の方法、担当者の立場等)を無視した計画を作成すれば一発でアウトです。

もちろん、こちら(担当している会社)が主導権を握ることは当然なのですが、金融機関担当者の顔を立てることも必要となります。

お金を貸してもらっている、または借りようとしているから当然ですよね。

私のコンサル会社は金融機関との調整が得意な上に、難しい案件も引き受けて解決させるため、金融機関とのパイプが太く紹介案件が絶えませんでした。


ただ、この紹介案件が多いことが私が崩壊する始まりだったのですが、、
メインコンサルタントになって少し慣れたときに、一気に仕事が増加しました。

その時の私の1日スケジュールが下記です。


【主な1日のスケジュール】


9:00  業務スタート スケジュールの確認
      経営改善計画書の作成、銀行との電話でのやり取り
      他のお客さんの経営診断資料作成のため、従業員に電話で確認する

11:00 昼から顧問先訪問のため、貸借対照表等の資料作成(BS,PL,CF、売上分析表)

13:00 顧問先訪問

15:00 新しい訪問先や様々な会社案件で必要な書類を揃えるための電話
      数社の経営改善計画書内容確認のため、税理士や社長、銀行に電話
      経営診断報告書作成

18:00 同僚とペアで支援している、重い案件の打ち合わせ

19:00 この時間から集中して経営改善計画書を作成しまくる

23:30 終電に間に合わなくなるため、慌てて会社を出る


 

【案件数(常時の平均)】

経営改善計画書:8件
モニタリング報告書作成:4件
経営相談:随時
提案書作成:随時(経営相談先に)
資金調達案件:1件
顧問先:4件
経営診断先:1件
執筆(会社メルマガ等)
合間に補助金申請書作成も


上記の案件が同時に進行するのですが、特に経営改善計画書作成がめちゃ多く、案件が重いのもまざってますし、複数あるので金融機関とのやり取りが多い!


もちろん、経営改善計画書の全てが急ぎではないのですが、何件か急ぎの計画書を仕上げた瞬間に、少し猶予があった案件が急ぎ案件になってしまいます。

つまり、常に緊急案件を抱えていることになるのですが、日中は緊急案件ではない他の案件の資料手配や修正、電話でのやり取り、打ち合わせ等が多すぎて、緊急の計画書作成は通常時間中に集中して作成できません。

なので、定時が過ぎてやっと集中してやる感じです。


プラス、クライアントは経営が厳しい状況が多く(厳しくなければ当社に依頼しない)、失敗すると倒産する可能性もあるため、計画を雑に早く仕上げるわけにはいきませんし、プレッシャーがきつい状態が継続されます。

結果、ずっと追われまくってるストレスフルな状態であり、ほぼ毎日終電帰りでした。


おそらく、優秀なコンサルタントであれば、うまいことさばけるんでしょうが、能力が高くない私では正直無理でしたね。。

まあ、どこのコンサル会社も似たようなもんでしょうし、私だけが特別忙しいわけでもないと思います。


ただ、コンサル会社は確かに大変ですが、案件が多く激務のため多くのノウハウが学べて成長が早いですし、実践経験も積めるため、独立してすぐに稼ぎたい方には私は本当におススメしますよ!


矛盾しているかもしれませんが。。


でも、その時の私は他のことを考える余裕もなく、限界というか精神が崩壊してました。。


もう限界。。私はギブアップした



私の精神が完全に崩壊したきっかけは、とある顧問先の「経営診断」でした。


元々、顧問先として毎月訪問しており、当社ではある程度の規模なので(製造業で従業員200人以上)重要顧問先だったのですが、次の経営者候補と幹部候補生を育てたいということで、「一大プロジェクト」が始まったのです!

まずは、当社で「経営診断」を行い、経営課題と問題点、改善策の提案を行い、次に顧問先の「プロジェクトメンバー」を選んだ後、メンバーと一緒に改善策の実行と事業計画を作成していきます。


このプロジェクトの目的は、

  • 経営者候補と幹部候補生を選定し自覚してもらう
  • メンバーに会社全体のことを把握してもらう
  • 当事者意識を持って会社の運営にも携わってもらう



以上に加え、事業計画をメンバーと一緒に作成することで数値に強くなり責任感を共有し、部門のリーダーとなってアクションプランを実行してもらうことが可能となります。


ただ、このプロジェクトが本当に大変だったんですよ。。


経営診断」とは簡単に言えば、会社のマーケティング、財務、人事組織、IT等、部門ごとの問題点を洗い出し、簿問ごとの改善策と会社全体の改善策を提示するものです。

中小企業診断士やコンサル会社によっては、パートごとに3,4人で行う場合もあります。


ただ、顧問先の経営診断は、私一人ですることになったんです!

厳密に言えば、私のサブとしてもう一人いたのですが、すぐ辞めてしまったんで、開始早々、一人になっちゃいました。。


これがほんとに大変だったんですよ!


いただいた資料が膨大で、調べることとデータにする作成が多く、地方の工場まで出向いて従業員の数10人からヒアリングするのに加え、資料にしていかなければならない。

また、既存の仕事である経営改善計画書や顧問、その他の仕事も溜まっている状態で、同時期に補助金作成支援も加わり、もう途中から何がなんだか分からない状態で仕事してました。

そして経営診断の内容は、

  • 経営分析
  • 得意先別売上分析と競合との比較
  • 各部門の費用分析
  • BS(貸借対照表)、PL(損益計算書)、CF(キャッシュフロー計算書)
  • 従業員の年齢層・給料・男女比率を競合企業と比較
  • 外部環境分析
  • 各部門、各工場でのヒアリング内容を加味したSWOT分析
  • 営業、仕入、生産、IT、経理、人事、工場別の現状、課題
  • 各部門と各工場の行動計画(アクションプラン) 等



上記をてんこ盛りにして、150ページ。

何とか3カ月で仕上がりました。


しかし、ここからが本当の地獄の始まりだったのです。。


地獄の事業計画策定がスタート!



経営診断は何とか終わったものの、息つく暇もなく、すぐさま事業計画策定プロジェクトがスタートしたんです。

事業計画策定は経営診断の中の行動計画の1つで、一番重要であり最も困難なものでした。


なんせ、それなりの事業計画を作成するためには、損益計算書(PL)よりも難しい貸借対照表(BS)も理解しなければなりません。

ただ、従業員はPLどころでなく、数値面がめちゃ弱かったんです。


なので私は勉強会を開催したのですが、PLの売上総利益(粗利)は何とか分かっても、営業利益はいまいち分からないし、ましてや減価償却費の概念はちんぷんかんぷん。。


当然ですよね。

今まで、従業員は会社数字の勉強をしたことなんかありませんし、以前の私も同じぐらい数値面で弱かったですから。。


でも、この状況で本当に従業員と協力して事業計画は仕上がるのか?

めちゃくちゃ不安でした。


結果的に、PLは何とかなってもBSを理解することは時間的に不可能だと悟り、事業計画は私が作成することになったんですけどね。。


幹部社員には具体的な行動計画を考えてもらうことになったのですが、もちろん一緒に考えないといけないし、その他にもやることはいっぱいあります。


例えば、200人以上いる会社なので、分析するデータは膨大だし、ITシステムもめちゃ古いので入れ替えるか改善しなければならないし、営業方法の見直しと変更、組織改革も必要。

一番の問題は、部門別の会計システムでした。


私は今まで部門別会計を事業計画に取り入れた経験はあるのですが、この会社ほど部門が多く、社内の会計システムが複雑でめちゃくちゃなのは初めてだったんです。

ただ通常であれば、顧問先の税理士は理解しているはずなので協力してもらうのですが、この時は決算時期もあって税理士が協力できないと連絡してきたんですよ!


なので、一人で会計内容の謎を解き明かそうとしたのですが、社内での勘定科目の振り分け方が適当すぎて、マジで分からん!


であれば、やはり税理士さんに手伝ってもらうのが早いし分かりやすいので再度依頼してみるも、「申し訳ありません。」らしい。。


「マジで無理かも。。」


結果、大幅に時間がかかりました。


部門別会計は膨大な量の費用項目を各勘定科目(旅費交通費等)に振り分けなければならないし、原価への振り分けも必要。

また、本社費用を各部門、各工場に振り分けする作業も必要なのですが、費用項目の管理を2人が行っており、しかも資料がお互いにバラバラで肝心の内容も適当であてにならない上、間違っている。。


「万事休すか。。」


この時にもそう思ったのですが、もっとやることがあったんです。


例えば、減価償却費も各工場ごとに振り分けするのですが、200以上の設備の費用をどのように振り分けるか、営業の各得意先の売上を何を根拠にどのような割合で各工場の売上に振り分けるのかを考えていかなければならない。

また、工場の備品や材料は一括仕入れして振り分けているのだが、システムが古いため、工場ごとに振り分けできず、エクセルで作り直さないといけなかったんです。


「何千アイテムを手打ちで振り分け!? 無理、絶対に無理!!」 



問題は他にも山積みだったのですが、あまりの膨大な資料と私が経験したことのない問題ばかりで、心底悩み、どう解決していいのか分からないことも多かったんですね。

結果、時間だけが過ぎていき、私は途方にくれていました。。


顧問先の幹部社員らは本当に頑張ってくれていたのですが、行動計画の工場の売上計画や歩留まり率の改善、生産効率を上げるためにどうすればいいのかに必死。

で、私は会計業務の理解に苦労していると共に、幹部社員にどう指示すればいいのかも完全に分かっておらず、結果、事業計画プロジェクトは大幅に遅れ出したんですね。


しかも、この難関な事業計画プロジェクトに加え、同じ顧問先から資金調達計画の策定を依頼されたんです!

プロジェクトの事業計画を作りながら、もう一方で、同じ会社の資金調達用の内容が違う事業計画を作っている私。。


「なぜ、この時期に同じ会社で別々の事業計画を!? いい加減にしてくれー!!」


と心の中で叫び、自分に突っ込んでました。。


そして、この事業計画プロジェクト以外の他社案件で、10件ほどの経営改善計画を同時進行していたのですが、緊急の経営改善計画が遅れだし、緊急ではなかった経営改善計画も緊急に変わったんです。


結果、緊急である経営改善計画が何件にも膨らみ、 別の顧問先案件、モニタリング報告書作成、補助金申請書、新規のM&A案件がさらに加わり、しかも事業計画プロジェクトも悪戦苦闘中。

私は完全にパンクしていました。


「もう俺、だめかも。。」


と考えだした頃、時間がないことが能力不足である私をさらに追い立て、ミスが増え、修正のための仕事がさらに加わっていったんですね。


こんな状況では当然、経営改善計画内容もボロボロ。。

ボロボロでも仕上がればまだいいほうで、もう間に合いそうにない計画もちらほら出てきました。


「やばい、、もう私では無理だ。。」


私は能力不足と激務で何度も挫けそうになりましたが、今まで何とか踏ん張ってきました。

でも、とうとう、精神的に “限界の限界” を超えてしまったんです。。


「本当に、もうだめだ。。」


私はとうとうギブアップをしました。


私は会社から逃げることにした



私は会社を辞めることにしました。

というより、私は逃げることを選んだのです。


直属の上司には引き留められましたが、無理に残ることでかえって迷惑をかけてしまうし、私も会社にとっても致命傷にならないためには早々に辞めるべきだと思いました。


結果、有能な私のボスや上司が経営改善計画のいくつかを引き継いだことで、多くの負担や迷惑をかけましたが、何とかお客さんの会社は持ち直しましたし、お客さんとの関係も継続できたので、早く辞職願を出して良かったです。


また、顧問先の事業計画プロジェクトは同僚に引き継ぎをしながらも、私も一緒に引き続き作成し、数値計画や部門別会計を何とか完成させることができました。

事業計画プロジェクトで最後の報告会に参加できなかったのは、 幹部候補生と共に一緒に頑張ってきた私にとっては残念でしたが、去る者である私が参加するわけにはいきませんからね。。


でも、ほんとに幹部候補生は優秀で頑張り屋さんでしたし、一緒に飲みに行ったときも仕事に対して凄く熱かったです!

今頃、どうしているんだろうか。。


以上で、私が40代未経験で転職したコンサル会社での業務は終了したのです。


振り返って、私がコンサル会社を辞めた理由は主に下記になります。

  • 私の知識、経験、能力不足
  • 複数の難しい案件をこなせるほどの能力がなかった
  • 会社に残っているとお客さんと会社にも迷惑をかける
  • 精神的にも肉体的にも疲弊しすぎた
  • コンサル会社で今後も仕事したいと思わなくなった



つまり、今後、「プロの経営コンサルタント」としてやっていける能力もなければ、やる気も私にはなかったんですね。


正直、私は “所属していたコンサル会社内では” 能力はあまりないと思っていたのですが、中小企業診断士としてなら可能だと思っていました。

それなりの知識と経験は積みましたから。。


なので、 私がコンサルタントとして独立しても、凄く稼げるかどうかは別にして食っていけるぐらいなら何とかなると考えていましたが、もうゴリゴリの経営コンサルタントは嫌になったんです。


私はコンサル会社から逃げた人間ですが、未練も後悔も全然ありません。


たぶん私は当初から、コンサルタントに “なりたかった” だけであり、コンサルタントで食っていく気はなかったのだと思うんですね。

凄い人であるコンサルタントに憧れていた、”ただのおっさん” だったのです。


40代で営業から未経験転職を経験して今思うこと



コンサル会社から逃げた私は今は何をしているのかと言いますと、結局アパレル業界に戻ってきたんです。


戻ってきたと言えば、周囲からは当然転職に失敗したと思われるのですが、私はそうは思っていないんですね。

なぜなら私は、「やりたいこと」をやって戻ってきたからです!

  • アパレル業界で将来のことで悩んだり、「このままでいいのか?」と考え続けてずっとアパレル業界にいる
  • このままでいいとは思わず、転職を決断し惨敗してアパレル業界に戻ってくる



あなたならどちらがいいでしょうか!?

まあ、どっちも良くはないですが。。(笑)


私は転職に惨敗し、精神的にボロボロになって戻ってきましたが、意外とすっきりしているんですね。

逆に「40代でこのままでいいのか?」と考えながらもアパレル業界に残っていた方が絶対に後悔していたはずです。


やらない後悔よりやる後悔派の私の性格のせいでもあるのですが、転職で一度も後悔してないんですよね。

失敗は何度かありますが。(笑)


なので私はボロボロにはなりましたが、40代で転職して本当に良かったと思っています。

転職していなければ今頃どうなっていたのかを考える方がゾッとしますね。。


私は転職することでコンサルタントとしての知識や経験を得ることができましたし、アパレル業界が私には向いていると分かりましたし、何より、心のモヤモヤが消えました!


結果として私はアパレル業界に戻りましたが、以前の仕事のやり方や考え方も変わりましたしね。。


では、

「40代の私はこのままでいいのか?」


と悩んでいるあなたは転職すべきなのか・・?



人には向き不向きがあり、性格もそれぞれです。

なので、私が転職して良かったからといって無理に転職はおすすめしません!


私みたいに40代で未経験転職であれば間違いなく給料は下がりますし、良い会社であればいいですが、当然ブラックみたいな会社もありますから。。

下記記事のように40代の転職はリスクが高いんです。


【参考記事】40代転職の現実がマジ厳しいって!40代で3回転職した私が感じたこと



では、転職すべきではないのか?


そうとも言い切れません!

すみません、からかっているわけではありません。。


もし、私みたいに「モヤモヤを何とかしたい!」「このままじゃだめだ!」と考える場合、リスクを抑えるためにまずは「転職活動」をおすすめします。


転職活動と “転職” は違うんですね。

転職活動はあくまで “活動” であって、別に会社を辞める必要はないんです。


私は今まで転職を7回、しかも40代で3回経験しておりますが、転職活動で様々なことを知りました。

  • 自分の市場価値
  • 予想より自分の能力が他社では通じないこと
  • 自分の強みや弱み
  • 他社と自社の違い
  • 他社の給料事情
  • 自社より良さそうな会社が多くある 等



以上のように多くのことを知ることができるのですが、一番の良いところは「自分のこと」が分かることです。

実は、自分が思っている以上に自分の市場価値が高いとか、逆もあります。


40代になると、私のように自分の価値を高く思いがちになるのですが。(笑)


転職活動をすることで今の自分は何が強みなのか、やりたいことをするにはどういった能力がなければならないのか、今の会社にしがみつかないとヤバい等、求人内容を見るだけでもかなり参考になると思いますよ!


なので、「40代でこのままでいいのか?」と悩んでいる人はとにかく転職活動をして、やりたいことができそうな会社、気になる会社に応募してみてください。

無理に転職する必要はありませんが、「真剣に転職活動をすればあなたの考え方が変わるのは間違いない」と、転職7回経験した私は断言できます!


その場合はハローワークではなく転職エージェントを活用すべきだと思いますので、下記記事を参考にしてください。


➡おすすめの転職サイトと転職エージェントはこちら

➡大手企業や年収大幅UPを狙う転職ならこちら



【関連記事】40代転職の実体験談 リクルートエージェントが評判より意外と良かった件


最後に




今回は「40代で会社を辞めた人のリアル 3回転職を経験した結果」として、私の実体験をお話しました。


私は40代で営業からコンサルタントになって2年後にまたアパレル業界に戻ってきましたが、後悔は全然していません。

むしろ、やりたいことをしたので満足しているぐらいです。


そして、未経験で未熟である私を受けれいてくれたコンサル会社に今は「感謝」しかありません。

精神的にボロボロにはなりましたが、冗談ではなく本気でそう思っています。


私みたいなおっさんで、しかも未経験にもかかわらず、入社させてくれました。

私は、本当に凄いコンサル会社の下で、凄い能力のボスや優秀な上司に一から教えてもらい、鍛えてもらったと思います。


コンサル会社での経験は自慢できますし、苦しい案件で実務経験を積んできたからこそ、中小企業診断士やコンサルのことで少しは偉そうに言えますし。(笑)


なので、凄すぎるボスに比べればまだまだですが、会社数字や事業計画には詳しくなりましたし、コンサルのやり方も少しは分かったつもりです。

まあ、よく怒られたし、案件で寿命が縮まる思いもしたけれど、こんな貴重な経験をさせてくれたのだから、感謝してもしきれないですね。。


たった2年しかいなかったですが、内容が濃すぎたことに加え、勤務時間が長かったこともあり、5年ぐらい在籍していた感覚です。

それぐらい、コンサル会社の経験は濃かったんですね。


コンサル会社では苦しんだのですが、何とか頑張れたことは私の誇りであります!

本当にありがとうございました!



そして、今回の記事が少しでもお役に立てれば嬉しいです!



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