営業マンが人生で後悔しない方法 バカなアパレル営業の私の体験談


こんにちは!


アパレル業界の風雲児、中小企業診断士のことまです。

こっさんと呼んでください。



今回は私のプロフィールも兼ねて、「営業マンが人生で後悔しない方法」をアパレルの営業マン視点から体験談も踏まえてお話したいと思います。



人生。。


今回のテーマは重いですよね。

おめぇみたいなバカが人生語って大丈夫かよ。。

こっさんはこっちゃんより頭いいでしゅよ。

確かに。
こっちゃんはウルトラスーパーバカだからね。

バカですいまへぇ~ん。



。。。


私のこれまでの人生は苦悩と戦いの連続でした。


営業がうまくいかなかったり、資格の勉強をしまくったり、仕事ストレスで鬱になることもあり、トラブルで死のうと思ったこともあります。

転職を7回も繰り返し、逃げる転職もしばしば。。


今思えば、かなり苦労したかなと思ってますね。



でも一切、自分の人生に後悔はしていません。

なぜなら、

自分がやりたいことをしてきた



からです。

もちろん、いつもやりたいことがあったわけではありませんし、やりたい事どころか仕事から逃げるために転職したこともあります。


でも、逃げた後でやりたいことを探し、今まで様々なことを実現してきました。


これは、「私が優秀だから!」と言うつもりは全くありません。

なぜなら私は元々、アホでバカでどうしようもないクズ野郎だったからです。


では、どうやってクズが人生で後悔しないようにしてきたのかを是非とも聞いてやってください。

別にいいよ。
興味ねぇから。



。。。


聞いてよ。。

アホでバカで恥ずかしがり屋でネガティブだった私



私は学生の頃は決して頭が悪いわけではなかったんです。

小学生の時は “公文” を頑張って算数は成績良かったですし、高校生の時は赤点を取りながらも何とか勉強して三流大学にも入りましたし。


でも、元々、頭の思考回路がおかしいのか、アホでバカだったんですね。


何がアホでバカかというと、「人が言っていること」がよく理解できないんです。

難しい話をされると頭がフリーズするんですね、私。(笑)


なので、人の話を1回で理解できない、本を読んでも1回で理解できないから、何度も同じ文章を読んでました。

このことが新卒で入った会社の営業職で苦労することになるのですが。。



また、昔から内気で異様に照れ屋、人前に立つのが苦手。

学生の頃、よく先生に質問で当てられて、いつも赤面していたぐらいなんです。

なので、今でも人前に立つのが苦手で、人が多い前ではプレッシャー感が半端ないし、脇汗がヤバいっす。(笑)

俺はデコ汁がヤバいぞよ。

きも。。



そして、私自身、一番嫌だったのが “ネガティブ思考” だったことですね。


生まれ持ったものなのか、小学生の時から異様にネガティブでした。

いじめられっ子ってわけではなかったのですが、ちょっとした悪口でいじめられていると感じ、小学6年生の時にノイローゼになって本気で自殺を考えたこともあったぐらいです。

小学生のくせに、毎日死にたいと考えていた時期があったことは今でも覚えていますし、死んだらどうなるんだろうと哲学的に考えたり、本当にヤバいですよね。


大学生の頃はあまりにネガティブなことばかり言っていたので、後輩の子にブチ切れられました。(笑)


でも、そんな私が学生の頃、熱中したのが「ファッション」です。


特に大学生の頃に、服を買いまくりましたね。

私の大学生の頃は “モード系” ファッションの全盛で、世間ではポールスミスやアニエスべー等、が流行っていたのですが、私はヘルムートラングやギャルソン、一番好きだったのがラフシモンズでした。


今では考えられませんが、ジャケットなんか10万円以上、Tシャツでも2万円するものを一生懸命買っていたのです。

バイト代の9割は服に費やしていましたね。


なぜ、私はファッションにお金を使っていたのか?


ファッションは自分自身を変えてくれるんです。

私は恥ずかしがり屋でネガティブだけど、格好いい服を着ると「自分はイケてる!」と感じますし、違う自分になれる気がしたんですね。


元々はモノトーンの地味な色合いの服が多かったのですが、原色の明るい色を着ると本当に気分が変わるんですよ。

なので、いつしか派手な格好もするようになりました。


もう気分は最高で、自分の中だけ「超イケてるモテ男」でしたね。(笑)

ふふ。
俺も自分のファッションには自信があるぜ!

死亡級の超絶なダサさだけどね。

あい~ん。



私は基本、格好つけなんですよね。

おしゃれになることで認められたい、モテたい、格好いいと言われたい!


格好いい服を見てると、着ている自分のステキな姿を想像できるので、一人でよく買い物に行くのが好きでしたし、バイトで頑張って稼いだお金を全額使って買った服を着た瞬間は幸せでした。

友達にもよく言われてましたが、私は服バカで本当に服が大好きでしたね。



なので、私がアパレル業界に就職することは当然で、運命でもあったんです。


憧れのアパレル業界で営業をする!



私が服バカであることは前述しましたが、なぜショップスタッフではなく、営業マンになったのか?しかもメンズではなくレディースに。


当時、私は無知だったのでショップスタッフでは一生、ショップスタッフのままだと思っており、会社の営業は頑張れば企画もすることができると聞いてました。

少し「企画」という言葉に憧れていた私は営業から始めることにしたわけですね。


そしてメンズだと、服バカの私は自分が好きな服しか売りたくないので、メンズは危険だと思い、レディースにしたんです。

レディースだと客観的な視点で見れますし、ファッション業界にかかわりながら営業することができます。


ということで、とあるアパレルメーカーに入社したんです。



でも、社会人になって最初の頃は本当に苦労しましたね。。


なんせ、人の話が理解できない、異様な照れ屋で超ネガティブ思考。

そんなヤバい奴に営業なんかさせるもんですから、おそろしい会社ですよね。(笑)

そんなヤバいヤツはクビだ!
やめろ!
バカでクズはやめちまえ!!



。。。


by ドラゴンボール先生

あ、元気玉でしゅ。

元気玉はやめろよな。
さすがに俺、死んじゃうだろ。。




人の話がよく分からないうえ、営業での数字のことも全然分からない。

なので、営業の先輩からよく「お前、大丈夫か?」と言われ、同僚からは「お前、何を言ってるのかよく分からん」と言われ、挙句、営業力がつく前に会社は1年半で倒産。


最初の会社はアパレルメーカーだったんですが、ほとんど雑用と倉庫作業で終わった感じでした。


結果、大した営業経験も積めず、アパレル業界の嫌な部分(意外と地味、給料安い、将来が不安定)を見て、違う業界に行きたいと思ったんです。


なので、次はコピー機を販売することにしたんですね!

ただ、そのコピー販売会社はブラック営業会社だったので、耐えられずに3ヶ月もたずで逃げました。


【参考記事】ブラック営業会社は無理! 転職 3ヶ月で辞めた理由と退職方法



コピー機を販売して気付いたのが、やはり私はアパレル業界が好きだということと、アパレル業界で何もしていないことだったんです。

なので、次はアパレル業界に戻ることを決意したのですが、前から企画をやってみたかったんですよね。


そして転職エージェントの力を借りて、運よく企画補佐からスタートできる会社に入社することができました!


でも、アパレル企画職ではデスクワークに慣れず、効率よく仕事をすることもできずで、鬱みたいな状態になり、こちらも1年で逃げるように辞めました。

またすぐに辞めたのかよ。。



元々、人の話を理解することが難しい私であることを、すっかり忘れてましたね。(笑)

なので、企画職は向いてなかったみたいです。


若い頃はこんなバカな逃げ転職を繰り返す私でしたし、ネガティブ思考、チキンハートの私が合う職場が少なかったんですよね。。



そして私にはずっとコンプレックスがありました。


営業がうまくできず、何を言っているかよく理解できない、数字が分からない。

できないということを知り、経験することで私は社会人になって、実は自分がアホでバカだったということに気付いたんです。


なので、バカを何とか克服したかったし営業も好きだったので、バカで照れ屋でネガティブだけど、いつか私は、、

  • 人前で照れずに自信を持って話ができるようになりたい
  • 仕事ができる格好いい営業マンになりたい
  • 論理的で賢い営業マンになりたい
  • 格好よくなって前向きになれる人生を送りたい!



このように考えるようになりました。

私は仕事ができて頭がいい人に対して、憧れが半端なかったんです。

格好いいですもんね。。

俺は格好いいから大丈夫だぜぇ!

ちょ、ちょっとお嬢ちゃ~ん。
大人をからかっちゃダメだよ?

ちびっ子にめちゃバカにされてるでしゅね。。




ダメダメでクズで劣等感の塊の私は、この時から自分が描く「できる営業マン」になりたいと真剣に願うようになったのです。


そして「できる営業マン」になるにはまず、売上を上げる必要がありました。


運命的な出会い!営業成績が飛躍的にアップする



私はアパレル企画職で鬱みたいな状態になったため1年で逃げるように辞めて、しばらくのんびりと過ごしていました。

一人で海外に行ったり、販売職のバイトをしたり。


そして「そろそろ再就職しなければ」と考えていた、そんなある日、、

運命的な出会いがあったんです!


誰?
デルモさん?かわいい子猫ちゃん?

きも。。




なんと、、

学生時代の友人です!


なんだ、子猫ちゃんじゃねーのかよ。。

だから、お前キモいって。



まあ普通であれば、「久しぶり!」で終わるかもしれないのですが、その友人がアパレル会社に所属していたことに加え、たまたま私が気になっていた会社にいるということで盛り上がったんです。


10人ほどの小さいアパレルメーカーでしたが、取り扱っている商品が若いことと仕事内容が面白そうだったことに加え、友人が会社で重要な地位にいることを聞きました。

ただ、社長が少し頭がおかしくてブラック社長っぽいことも。。


そして、私は迷った末、友人のいる会社に就職することにしました。

なんで入社すんだよ。
社長がヤバいんじゃ、また転職の繰り返しじゃね?



確かにそのリスクはありました。


ただ、私は元々コミュニケーションがうまく取れなくて、相手が言っていることや自分で話さえも理解できないことが多々あり、内向的で、おまけに数字にも弱いことは前述しましたね。


なので、今までは周りから営業が向いていないと言われてましたし、実際、売上も大してあがらなかったです。

おまけにミスも多く、内向的で歳が離れた上司とも話すことも苦手だし、気も利かない。

結果、上司とは関係性が良くなくてグチグチ細かいことは言われるけれど、仕事のフォローをしてもらえなったんですね。


そこで私は、

  • 私のことを理解してくれる人がいる会社
  • 不器用な私をフォローしてくれる人の存在
  • うるさく言われずに自由に営業ができる環境



以上の条件が揃っている友人がいる小さいアパレル会社に決めたんです。

ただ、社長がブラックというリスクはあったのですが、

  • 友人が上のポジションにおりブラック社長を抑え込んでいた
  • 友人が営業のトップだった
  • 営業人員が少なくまだまだ開拓できる地域と店があった



という、バカな私でも何とかなりそうな環境だったのが魅力だったんですね。


実際に私は社長が苦手だったんですが、友人が間に入ってくれて色々とフォローしてくれたおかげで、社長から直接ガミガミ言われることがありませんでした。

また、友人が営業のトップであり私がバカなことをよく理解しているので、私に対して細かい指示はなく私は遠慮なく自由に伸び伸びと営業をすることができたんです。


そして、営業人員が少ないこともあって未開拓地が多く、新規開拓し放題。

はっきり言って私でなくても新規が取れる状況だったのですが、この頃にはコピー機販売の経験が活き、うまく新規顧客が取れていきました。


また、小さい規模の新規を取りながら徐々に経験を積み重ねることができたことも、能力が低かった私にとって重要なことでした。

そして経験を積むことで大きい会社とも取引ができるようになっていったんです。


私は内向的なところがあるので、人からやいやい言われると委縮してしまうのですが、ある程度任せてもらうと頑張るタイプだと気づいたんですよね。

なので、私の友人がいて、友人が上司の会社が私にはピッタリはまり、1年後に社内で売上はトップになりました!


まあ、ブラック社長と私はどうも合わず嫌な目には遭いましたが、売上を上げれば黙ってましたし、このときの営業経験が今の私の営業スタイルの基礎となっています。

ふ~ん。
自分にあった環境って大事なんだな。



すごく大事です!

私の良き理解者である友人がいなければ、絶対に売上がトップになることもなかったですし、すぐにブラック社長が嫌になって辞めていたでしょうね。


あの時に友人と運命的な出会いがなければ、今の私は存在していなかったでしょうし、営業成績が良くないまま営業マン自体を辞めていたかもしれません。


【参考記事】営業が向いてないと言われた私が営業が向いている人になった理由


だからこそ、

営業成績をあげるには、自分の能力はいったいどんなものなのか?ということを自己分析して、あなたのスタイルを活かした営業方法をすることです。


現在あなたが勤めている会社があなたのスタイルを活かせない環境であれば、まずは合う会社に転職することから始めるのも大事だと私は考えています。

新しいアパレル会社の営業で死にかける!



友人がいるアパレル会社には4年ほどで辞めました。


理由は私の友人も含め、前の会社メンバーで新しい会社を設立したからです。


ただ、色々な事情があり、元々の上司が社長となったので我々は設立メンバーではありますが、ただの従業員となりました。

そして、少人数で新たな会社として出発したんです。



最初は取引先が少なくて大変でしたが、前の会社の取引先に声をかけ、新しく取引が始まることで、設立1年目から順調に売上が上がっていきました。


ただ、私は前の会社で取引があった取引額が大きい会社に声をかけて、前の会社とトラブルになり、前ブラック社長が会社に殴り込みをかけてきたんです!

うわ。。
最悪だな。



もうその時は修羅場でしたね。。


前社長に私だけ殴られ、後ほど前社長から、ヤ〇ザを使った殺人予告的な連絡が来たとき、私は死を覚悟したんです。


「もうだめだ。。」

「ごめん。」


と心の中でつぶやき、私は布団にくるまって泣きました。


ただ、その時は何とか思いとどまり、奥さんと子供は実家に帰ってもらい、私は友人宅に一週間ほどかくまってもらったんです。


【参考記事】仕事で失敗。死にたい。。死がよぎった私の実体験と回避できた理由


上の参考記事に詳細が記載されていますが、友人たちのおかげでこの事件は何とか回避できました。

この時に私は、「立つ鳥跡を濁さず」で辞めることが大事だと痛感しましたし、それからはトラブルなく辞めることができています。


そしてその後、前の会社では品質が悪く商品に難ありで、取引ができなかった大手アパレル会社とも取引ができるようになり、我々は快進撃を続けたんです。


バカ営業マンを卒業するために資格に挑戦する



新しい会社で私は忙しくなるにつれて、私の前からの願望であった、

  • 人前で照れずに自信を持って話ができるようになりたい
  • 仕事ができる格好いい営業マンになりたい
  • 論理的で賢い営業マンになりたい
  • 格好よくなって前向きになれる人生を送りたい!



上記のことはしばらく忘れていたというか、放ったらかしになっていたんです。


なぜ放ったらかしかと言うと、営業で数字ができるようになって楽しくなってきたこともありましたが、具体的に何をどうしたらいいのか分からなかったからですね。


ただ、仕事が落ち着いてくると、漠然とした不安が出てくるようになったんです。


「将来に対する漠然とした不安」


私は、営業ができて売上が上がるようになっても結局、まだバカのままだと思ってましたし、自分が考える「仕事ができる人」には到底届いていない。

数字のことも分からない、賢くも論理的でなければ専門知識もない。


ただ、勢いだけの営業マンだったんです。


「このままの営業スタイルではダメだ!」


と考えて、私らしく、あまり深く考えることなく色々と試そうとしたんですが、バカな私はどうすれば「仕事ができる人」になれるのかが分からなかったんです。


仕事ができて格好よくなりたいんだけれど、具体的な方法が分からない。

なので動けない。


「どうすればいいんだろ。。」


そんな途方に暮れていた時、「勝間和代」本を見つけ、感化されたんです!

なんだその人は。



勝間さんは “23歳で公認会計士としての登録が可能となる試験に合格” して、しかも “中小企業診断士” です。


私は当時、よくプレジデントという雑誌で経営者のビジネス関連の話を読んでいたんですね。

なのでビジネス本は興味がありました。


そして、初めて勝間さんの下記本を読んで衝撃を受けたんです!

  • 無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法
  • お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践
  • 勝間式「利益の方程式」 商売は粉もの屋に学べ!



これから仕事ができる人になるには、「IT・投資・英語」だと。

しかもこの人、数字にめちゃ詳しい!


今では特にめずらしいことではないのですが、当時の営業一筋だったバカな私には衝撃的な内容だったんです!


「きらーん!」

興奮すんのは分かる。
でも、鼻毛が出てますけど?



私は勝間さんの特別ファンではなかったのですが、本を読んで「この人すげ~」って単純に思ったんです。


仕事ができる人は、ITと投資、英語、数字の勉強をすればいいのか!

そうすれば、営業マンで仕事がバリバリできて、英語が喋れて、数字を操れる格好いいビジネスマンになれるんだ!

と考えたわけです。


当時の私と真逆の人。。(笑)


でも私の唯一の取り柄は、向上心と行動力だけだったので、早速行動に移しました!

本格的に使ったこともないパソコンを購入し、投資信託を始め、英語の勉強を始めました。

715点どまりで挫折したので、次は数字に強くなりたい!と思ってこちらも勉強して簿記2級を取ったりしました。



余談ですが、後日、フォトリーディング講座で勝間さん本人に会った時はちょっと感動しました。

私のイラストがとてもうまいと褒めてもらいましたし。

何回も言いますが私はカツマ―ではありません。(笑)


営業マンが資格をとっても何も変わらねぇ!!



簿記営業マンが誕生したのはいいのですが、簿記2級を取得しても特に営業生活は変わらない。

変化したのは、ちょっと数字に強くなったという満足感のみ。


それもそのはず、簿記2級を取得しても、勘定科目が何かを把握し、仕分けができて、簡単な決算書を作成できるだけ。

経理では役に立つかもしれませんが、私の今の営業の立場では特に役に立たなかったんです。


しかも、簿記の知識だけでは決算書を分析することもできないし、何が原因で、改善策はどうしたらいいのかまでは、簿記2級では勉強しない。

なので、私の今の営業の仕事には直結しなかったんですね。



それもそのはず、資格を取得する前に、仕事に役に立てるのには、何の知識が必要で、そのためにはどの資格を取得するのかを深く考えてなかった!


ただ単に、「できる営業マンは数値に強い」はずだという根拠がないもので、「数値に強くなりたい」といった漠然とした目的だったからです。

今であれば分かるのですが、当時は勉強する真の目的が分からなかったので、役に立たないのは当然ですね。。

確か「数値に詳しい人って、格好よくね?」ていう不純な理由だったもんな。。



。。。


そしてここから、私のもやもやが深まっていきます。


英語も頑張った、簿記も取得した。


でも、営業自体は何も変わらない。。



売上は特に変化ないし、もちろん、給料も変化なし。


当然ですよね、資格が直接、営業仕事に直結していないんで。


「ちくしょう!!」




私は何も変わらない状況に腹が立ちました。


そして、簿記を取得してから特に変化なく、もやもやが残っているので、目的もなく、英語を再開させたり、迷走して何年か経ったんです。


ピーンチ!このままでは会社が潰れちゃう!!



勝間さんが言っていた、ビジネスマンとして今後必要になるIT、投資、英語。


でも、私は無理して買ったパソコンは使いこなせない、投資信託はまだこれから、英語はいまいち、簿記2級は取った。

でも何も変わらない。。


「なぜ何も変わらない?」

「俺の人生、大丈夫か?」

「もっとやらなければならないことが他にあるのか?」


このような、将来への不安は消えないまま、しばらく過ごしてました。

ただ、悩んでいる時期に私のアパレル会社の業績は低迷していたのです。


理由は、

  • アパレルの供給過多
  • 低価格競合メーカーの増加
  • 売筋追及型で企画力の低下
  • 当社営業のマンネリ化



服を大量生産することで、低原価で生産する方法が主流となり、服供給量が大幅に増加。

結果、服を安くしないと売れなくなったんです。


さらに大手チェーン店が安売り攻勢でセール合戦を繰り広げ、中小小売店もやむを得なく、追随する。

当然、中小は耐えきれず、経営破綻しまくることになりました。


当社もその影響をもろに受け、売れ筋を追求し、独自企画はほぼ存在しない状態になり、売れない在庫が積み重なる。

そして、唯一の策が在庫を安く売りまくるしか方法がなかったんですね。


売上は下がり、利益は赤字、結果、資金繰りがかなり厳しい状況になっていきました。


また、当時の会社のメンバーが前の会社からずっと一緒でぬるま湯状態となっており、バカ社長の働かない、自分のために無駄金を使うことで従業員との信頼関係がなくなっていたことも原因だったんです。


でも会社が傾いた一番の原因が、勉強したけど報われない失望感と将来の不安が仕事のモチベーションを下げ、私の仕事のやる気がなくなったことです。

以前みたいに新規開拓もせず、既存取引先に行くのも億劫であまり頻繁に行かなくなるようになっていました。


ピーク時には私の売上が会社の売上の半分を占めていたこともあるぐらい、私は当時は売上を上げていたので、


私の売上減少 = 会社が傾く 


このような状態となっていたことがマズかったのですが、私に責任があります。


でも、今の状態で会社が良くなるとは思えないし、何とかしないといけないとは分かりつつ、でも、どうしていいのか分からない。

そして、売上の減少は深刻になっていったのでした。



このままでは本当にやばい。

会社もそうだが、私もやばい。


ただ、会社がやばいにもかかわらず、私のモチベーションは上がらないままなんですよね。


情けないんですけど、また私のハートが弱い部分が出てきたんです。


何とかしないと、でも、何をすればいいのか分からない。

やる気もでないし、頭はフリーズしているし、動けない。


精神的に弱い私はすぐにお酒に逃げてしまい、この頃から飲みまくってました。



私は、やることが分かれば、それに向かって頑張れます。

でも、何をしたらいいのか分からないとき、空回りするのはまだマシで、私の場合は、完全に現実逃避をしていたんです。


「何かしなければ。。」

「何かないか?」

「まあ、でもどうしようもないな。」


諦めに似た感じで、同じ調子でダラけた営業をする。

絶望感を感じながら、力が入らない営業を繰り返す。


何かしなければ、いや、何かしたい。


そんなある日、紀伊国屋書店であてもなく本を探しているとき、ある冊子が目に入ったんです。


「中小企業診断士」


あ、中小企業診断士!


なぜバカ営業マンが中小企業診断士になってコンサルタントを目指したのか



紀伊国屋で目に付いたのは、「資格の学校TAC」の中小企業診断士講座パンフレットです。


なぜ、目に付いたかと言いますと、以前、勝間本で中小企業診断士の存在を知っていたからです。

ただ、その時はあまりよく知らなかったんですね。


「診断士?」

「しかも、中小企業?」


気になったので、手に取って少し見てみると、

  • 中小企業診断士とは?
  • 中小企業診断士とはどんな仕事をするのか?
  • 中小企業診断士の試験内容 等



が書いてあり、詳細までは見なかったが、どうも資格を取れば「コンサルタント」になれるらしい。



「コンサルタント?」


。。。


「ごくり。。」

だから、鼻毛出てるって。。

ワクワク、ドキドキ。。



私は簿記を取得した後に物足りなかったことを思い出したんです。


「そうだ!俺は、こういう知識を手に入れたかったんだよ!!」


コンサルタントになれば、経営知識が手に入る!

スーパー営業マンになって、会社を救えるかもしれん!


なにより、


「えへえへ」

その顔で無理だろ。。

そう?
こっちゃんの兄弟みたいでしゅけど?

ムカッ。




まあ、それはともかく、、

出口が見えないトンネルの先に、光がさした気がしたんですよね、私は。



中小企業診断士で営業マン、、


うん、悪くない。


勉強しまくりの営業生活が始まった!



それからしばらく、中小企業診断士について調べまくったんですが、中小企業診断士は今の私の不安を解消してくれそうでした。

  • 簿記の知識が活かせて経営知識まで身に付く
  • 論理的で数値に詳しいハイパー営業マンになれる
  • 会社の業績を立て直す知識が身に付きそう
  • コンサルタントになって何となく格好いい自分になれそう



このときは資格を取得さえすれば、人生がばら色になると思ったんですね。


「中小企業診断士になれば、私の悩みや不安をすべて解消してくれる魔法の資格だ!」


この時の私はそう信じていたのです。

今考えれば「なんて短絡的な考えなんだ」と思ってしまうんですが、相変わらず単純な私らしいですよね。(笑)


ただ、私は単純ではありますが、目的がはっきりすれば、行動も早く集中して取り組めるんです。

私の取柄は、向上心と行動力ですから。。



ということで私は早速、「資格の学校TAC」に申し込みに行きました。

値段が安い通信講座も考えたのですが、一人だと継続できるか心配ですし、何よりも、仲間と一緒に勉強する楽しさを英会話の「NOVA」で経験していたため、学校に行くことに決めたんです。


バカ営業マンの苦悩の日々



このTACにて素晴らしい勉強仲間と出会い、共にストレート合格することを目指すことになりました。


ただ、最初に財務会計の勉強をした時は、、




「正味現在価値・・?全然、何を言っているのかさっぱり分からん。。」


簿記2級を取得してからブランクがあるとは言え、まったく歯が立ちませんでしたね。


簿記の勉強を暗記に頼ってしまっていたことを後悔し、改めて、私の知識のなさに嫌気がさしましたね。


しかも、財務会計だけではなく7教科もあり全てが私にとってめちゃくちゃ難しい!

それも量が半端ねぇっての!!


今度は鼻血かよ。。
そんな難しいならやめとけって。



しかし、私は今まで聞いたこともない知識を学べることが嬉しかったですし、分かるにつて勉強が楽しくなり、燃えました!

どMだな。。




なぜなら私は、ここ何年か宙ぶらりんだったんです。

仕事もマンネリ化し、大した目的もなく、漠然とした不安を抱えながら、悶々とした日々を過ごしてきました。


何より「仕事ができる格好いい営業マン」には程遠いと、自分の人生に幻滅していたのです。


それが、今、目の前に希望が出てきたんです!


途方もなく高い壁ですが、これを乗り越えれば仕事ができる格好いい営業マンになれて、前向きな人生がやってくるといった未来が見えたんですよ!


これほど嬉しいことはありませんよね!?

ほんと、めちゃくちゃ嬉しい!!


やることや目的が明確であれば、一直線です。


絶対にストレート合格してやるぞ!


おー!!


バカ営業マンが勉強に燃える!



私は営業をしながらも毎日、勉強しまくりました。

  • 会社に行くまでに、1時間半の勉強
  • 休憩時間に、1時間勉強
  • 仕事終わってから、1時間~3時間勉強
  • 土曜日は朝からTACで受講、10時間ほど



これを毎日、毎週続けたんです。

えぐいな。。
よく続けたもんだ。



私の周りには同じ志の勉強仲間がいる。

同じ目的を持った、必死に頑張っている仲間と切磋琢磨して、苦労と喜びを分かち合う。


最高ですね!!




この時に私は感じたのですが、会社も一緒なんですよね。

本来は皆が同じ方向へ向かって仕事に熱意を持って一緒に頑張る。


でも、会社には自分の保身に走る人や足を引っ張る人、やる気がない人がいます。

つまり、皆が同じ方向を向いていないわけなんですよ。



私の会社も設立間もないときは得意先も少なく、商品もいまいち、トラブルも多かった。

でも、当初は皆が同じ方向を向いて頑張り、トラブルを乗り越えてました。


そういや、あの時は楽しかったな。。


それがいつしか、社長は金に目がくらんで私利私欲に走り、従業員を敵に回して信頼をなくす。

同僚は保身に走り仲間の足を引っ張る、私と言えば、格好よくなりたいといった自分勝手な理由で資格取得に励み、やる気もなく仕事を適当にこなすようになる。


他の人はともかく、私は営業の基本である、日々の種まきをおろそかにした結果、会社を傾かせてしまった自分の弱さを悔やんでしまいました。

急に湿っぽい話になってきたな。。



なので、ここで中小企業診断士の資格を取って、会社を立て直したい!

でもお金も時間もないから、一発で合格しなければならん!


ストレート合格率は4%でしたが、私は本気で一発合格を考えてました。

4%。。
簿記と違ってさすがに無理じゃね?



いや!

絶対に受かる!!


それから営業の仕事をしながら、深夜まで勉強。

マジで死ぬほど勉強しましたね。。


出張中はめまいで倒れそうになったり、吐きそうにもなりました。

家族には無理を言って、子供は小さかったですが家族サービスを犠牲にもしました。


でも、資格を取ればスーパー営業マンになれるし、会社を立て直せるし、家族にも格好いい姿を見せれる。

この想いがあったから9月から翌年の10月までで2059時間の勉強を頑張れたんです。




本当に家族には感謝してます。

文句もなく子供たちも我慢してくれました。


私は期待に応えたかったし、繰り返しますが家族にも「仕事ができるスーパー営業マン」の私を本当に見せたかったんです。


なので、試験日は死ぬほど緊張しました。


なんせ1年に1回しかない試験ですから。



そして試験はトラブルもあり大変でしたが、試験の詳細は別記事でご確認いただければと思います。


【参考記事】営業一筋の私が中小企業診断士になってコンサルタントを目指した話


しかし試験の手ごたえはなく、内容はボロボロだったんです。


「終わった。。」

「〇〇(家族の名前)、すまん、マジでごめんな。。」


もちろん、自分のためでもあるのですが、家族には申し訳ない気持ちで一杯になって泣きそうになっていました。


試験の合格発表!私はスーパー営業マンになれるのか!?



私は、試験に落ちたと思っていましたし、来年に向けて動き出していました。

家族にはもう一年頑張らせてもらう言い訳も色々と考えていたんです。



そして、試験結果発表日を迎えたんですね。

その日は、展示会で東京にいたため、パソコンで結果を見ることにしました。


ストレート合格率はたったの4%。。

普通に考えれば受かるはずがない。


正直、99%落ちてると思いながらも、1%の奇跡を期待しました。


発表時間になったので、周りに悟られず、こそっとパソコンを開く。


「どうせ、落ちてるしなー。」


と思いながらも、なかなか、発表画面に行くことができないし、ドキドキが止まらない。。


意を決して画面を開く。

番号を探す。


もうこの頃には、手汗が凄くて「頼む、頼む!!」と心の中で必死に祈っていましたね。



そして、、


「あった。。」



「え、どういうこと?」

「冗談か?」

「ひょっとして、不合格者の番号?」

「いや、でも違うな。。」



。。。



「受かった!受かった!!」


静かにこぶしをぎゅっと握りしめ、血が出そうになりました。


でも、なぜか喜びと言うより、ホッとしたのが正直な感想です。


すぐに、こそっと隠れて、妻に電話しました。

私は落ち着いた口調で、


「奇跡的に受かってた。ありがとう。」


静かに感謝を伝えたら、妻も喜んでくれました。


そのとき私は、自分の努力が報われたことも嬉しいんですが、何より家族に喜んでもらうために、この資格を取ったような気がしたんです。


と、私らしくなく、色々と考えてしまいましたね。(笑)


そして1年間死ぬほど勉強を頑張って継続できたのは、今までの営業活動の経験も活きていると思います。

新規開拓はすぐには成果は出ないけれど、コツコツと頑張れるか、継続できるかがポイントですし、私の地道な営業活動経験が資格勉強にも活きました。



ともかく、まだこの時点で私は「仕事ができるスーパー営業マン」にはなれてません。

ただ少なくとも、長年のコンプレックスであった「アホでバカな営業マン」からは卒業できたと思いましたし、昔の私よりは成長したと確信しました。


スーパー営業マン誕生!営業生活が激変!?



中小企業診断士試験の合格後、私の営業生活が激変!

と、言いたいところなのですが、特に変わらない現実が待っていたのです。。

なんじゃそら。
無理して話を聞いてきた俺たちの時間返せよ。



「あれ?おかしいなぁ。。」


と思っていたのですが、そりゃそうですよね。


今までやってきた営業の仕事が突然、経営支援関係の仕事になるわけでもないし、お客さんが急に変わるわけでもない。

特に私がいる会社は規模が小さいので、経営企画室で経営知識や財務知識を活かせられる仕事もないし、当然っちゃ当然。。

がっかり。。
こっさんには失望したでしゅよ!!

今まで期待していた分、まさるがめちゃ怒ってんじゃん。。



ごめんなちゃい。

謝っても許さないでしゅよ!

こわ~。。



。。。


もっと劇的に変わるのかと思ったらそうでもないし、わしもショックです。

もちろん、中小企業診断士の知識がまったく活きないことはありません。

営業のやり方や数値計画の作り方の考えは変わりましたし、会社全体のことも考えるようになりましたしね。


でも、会社を劇的に変えれるようなスーパー営業マンにはなることができなかったんです。


ただ、仕事以外のことではかなり変化がありました。


試験勉強で使っていた時間を、専門書を読む時間にあてたり、中小企業診断士のイベント、研究会や飲み会、診断士仲間の仕事手伝いに使うようにしました。

つまり、副業として診断士活動をすることが始まったんですね。


資格学校の仕事や資格取得支援等の仕事はあったのですが、私はやめました。

なぜなら、中小企業診断士試験の知識に自信がなかったことに加え、実務(コンサル活動)の方に力を入れたかったからです。


なので、診断士活動に積極的に取り組んだ結果、中小企業診断士の人脈が爆発的に増え、補助金申請書作成支援や執筆の仕事、セミナー、起業や人生相談、転職相談をさせてもらうようになりました。


ただ、これらの活動を通じて、やはり自分自身の基礎能力をさらに上げなければならないと再認識したんです。

なので、私は起業・新事業支援だけではなく、本格的な経営のコンサル活動をしなければならないと考えるようになったんですね。


セミナーをやって実際に色々な起業家や経営者と話をすることで、自分の知識、経験の無さを実感したからです。


こんな感じで仕事以外は充実したのでした。


会社の業績が低迷!仮スーパー営業マンが会社を救う?



起業・新事業支援の経験を通じて、「コンサルをしたい」という願望が出始めた頃、本業であるアパレル会社がいよいよ、えらいことになってきました。


前述したとおり、以前から会社の売上が低迷していたのですが、さらに悪化したんです。

もう待ったなし!の状態になってしまいました。

会社がヤバい状態なのに、資格だのコンサルごっこだの、色々と遊んでたからだろ?



コンサルごっこ。。


出た!

あ、、嘘だよ、嘘!
おめぇ、2発目の元気玉を作ろうとしただろ?



。。。


まあ、いいでしょう。

確かに、私がのんびりしていたのが悪かったんです。


なので、「スーパー営業マン」の名にかけて会社を再建することに注力することにしました!

何がスーパー営業マンの名にかけてだよ。
金田一少年じゃあるまいし、第一、おめぇはただの営業マンだろうが。

しー!



。。。


ま、まあ、いいでしょう。

確かに、私はまだスーパー営業マンではないので、営業の立場として会社を立て直すことにしたんです!


話は少しさかのぼりますが、会社がかなりやばくなったということで、再建のために親会社から役員が派遣されて来ました。

長くなるので簡略しますが、厳密に言えば親会社との資本関係はなく、私が所属している会社は親会社の社長が個人で半分出資してくれたんですね。

そして、その出資してくれた社長の会社の役員が来たということです。


まあ、当社との取引も多くある会社であり、支払いがかなり溜まって当社が支払いを待ってもらっている状態なので、しょうがないですね。



そして、派遣されてきた役員と私も含めて営業内で会社の数字を見直すことになり、営業の人間が会社の経営再建計画とコスト削減を行うことになったんです。

普通、経営再建計画は当社社長と役員が行うべきことなのですが、当社の社長がボンクラでしたので、経営者を通り越して従業員が経営再建案を作成するといった異例の事態となったんですね。

そりゃ、マジでやばそうだな。



売上計画はもちろんですが、コスト削減としてリストラ案も作るんです。


でも、従業員が従業員を削減する計画をただの営業マンがつくるって、おかしくないですか!?

大きい会社ならあり得ると思うんですが、10名程度の会社で社長の考えを組み込まないリストラ計画を従業員が作るなんて話は少なくとも私は聞いたことがありません。


ただ、言われたからには作成しなければならないんですよね。


まずは売上計画として、既存客の見直しと新規事業計画を作成しました。

売上がかなり減少している中で、確実に達成できる売上計画です。


営業としては大きい売上高を計画に盛り込みたいところですが、”確実に達成できる” と言われると低めに設定せざるを得ません。

そして低めに設定した売上から利益を計算して、経常利益(支払利息があるため)で黒字になるまで経費を削減するというものです。


普通に考えれば分かるですが、売上がかなり減った計画を作ればかなりコストは削減しなければなりません。

当然、営業が計画を立てるので、営業は自分たちを削減しようとしませんから、事務と企画人員を削減することにしたのです。

うわ、ひでぇ話だな。。



。。。


それは分かっていたんですが、私たち営業は売上を上げるためにはしょうがないんです!


それから営業方法を見直し、私は新ブランド立ち上げの準備をしました。

具体的にはかなりめずらしい新素材を使った商品を大体的に売り出す作戦です!


ここは起業・新事業支援をしている私の力の見せ所ですね!


そのための生産計画、商品ラインナップ、販売方法までまとめた計画を派遣されて来た役員に見せた結果、GOサインが出ました。

お、さすがだな!
じゃあ新規事業はうまくいったんだな!?



いえ。。

結論的に言えば、うまくいきませんでした。


うまくいかなかったのには様々な要因があるのですが、”私の力不足” と “経営者の問題” です。


私は中小企業診断士としての知識やウンチクがあると共に、起業・新事業支援経験があるのですが、”経営再建” の実務経験がありません。

なので、計画を作ることはできるのですが、計画通りに周りの人間を動かすことができませんでした。

そしてもう一つは、経営者が会社を本気で再建する気がなかったんです。

なぜか?

自分の立場が危うくなるからで、本気で再建するとなるとおそらく親会社の社長の指示によって当社社長がクビになります。


なので、会社の状態がマズいことは当社社長も分かっていたのですが、最後は親会社の社長がケツをふいてくれると思っていたので、本気で再建しようとしなかったんですね。



そして私は、会社内の人間では「改革」はできないと悟りました。


社内の人間が改革しようとすると情がありますし、自分の身を削るような思い切った策を実行できません。

また、自社で従業員は改善はできても、改革はできないというか、させてくれません。


改革しようとすると、前述した社長、従業員の給料や解雇といった、会社全体にかなりの負担がかかります。

なので実際は改革したくないのが全員の意思なんですね。


社長や従業員は改革する気がなく、ましてや従業員が全員、社長が嫌いという、会社が一つにまとまっていない中では難しいというか、無理。


中小企業では社長が全てであり、社長に改革する気がなければどうしようもないですし、従業員も然りです。

たとえ、社長を無視した経営再建計画をつくっても、最後の決済は社長ですし、何かにつけて反対されました。

有能なコンサルタントであれば、何とかなったのかもしれませんが、いかんせん私の力では無理だと悟ったんですね。

ふ~ん、大変なんだね。

めちゃ他人事な反応でしゅね。。



。。。


再建計画が実行されず埒が明かないということで、親会社から派遣されてきた役員が、とうとう営業の人員削減案まで言ってきたんです!

あらま!
えらいこっちゃ~。

。。。




そして、営業数人の中で誰かが辞めなければならなくなったのですが、私の同僚はアパレル一筋だったため、次の会社が見つかるか分かりませんし、辞める気はありませんでした。

なんせ、私も含め皆アラフォーだったんで転職が難しいんですね。


正直、私は凄く悩みました。

私は次の仕事が決まっていたわけでもありませんし、当てもありませんでした。


もう、本当に毎日寝れないくらい悩んでましたね。。



ひょっとしたら再就職できないかもしれないし、転職先が決まらないままだと無職になってしまいます。

無職時が地獄なのは下記記事のように経験済みなので私は避けたかったんです。


【参考記事】会社辞めてお金がない!無職の私が感じた孤独と不安と絶望感



ただ、悩みに悩んだ末、私が手を上げて辞めることにしました。

マジか!
次が決まったのかよ?

あ、食いついたでしゅ。




転職先が決まっていたわけではありません。


ただ、皆も生活がかかってますし、私は中小企業診断士を取得していたことに加え、私の売上が減少して会社に迷惑をかけたことは事実なので、辞めるとしたら私なのかなと思ったんですね。

でも、当てもなく辞めるのはリスク高いし、おめぇだって避けろって言ってたじゃねーかよ?



そうなんですよ。

私もほんとは転職先を見つけてから辞めたかったんですが、じっくり考えている時間も与えられず、しょうがなかったんですよ。。


ただ、私はこの時に覚悟を決めたんです!


アパレル業界の営業から離れて未経験業種である、経営コンサルタントになることを!!

あっそ。。

あ、また興味なくなったでしゅ。



。。。


で、辞めると言ってから3ヶ月の猶予をもらいました。

そこから必死で転職先を探しましたね!

でも、おっさんが転職って大変なんだろ?
すぐに見つかったのかよ。



いや~、めちゃくちゃ大変でしたね!

なんせ、アラフォーのおっさんが未経験のコンサル業界や、未経験の経営企画っぽい仕事を探しているんですから。。


同じアパレル業界の営業とかであれば、見つかったとは思うんですけど、私は中小企業診断士の資格を活かせるコンサルをしたかったんです。


なので、コンサル会社や経営企画的なことができる会社、100社以上にWEBや書類で応募しましたが、9割が書類でアウト。

転職に慣れている私でも、おっさんと未経験業種が条件だとさすがに厳しいですね。。

しかもかなり高い能力が求められるコンサルタントはハードルが高すぎました。


あまりにも多く応募しすぎて、同じ会社に3.4回ぐらい間違って応募しちゃいましたよ!(笑)

バカじゃね?
笑ってる場合じゃないだろうが。。

しー!
ボケてきてるんでしゅって。



。。。


まあ、何より勢いと行動が大事ですから!

私から勢いを取ったら、何も残りませんからね!!

言葉の意味はよく分からんが、とにかくすごい自信だ。。

さすがこっちゃん、キン肉マンの名言をサンキューでしゅ。




でも、苦労した甲斐あってようやく1社、コンサル会社から内定をもらったのです!


ただ、グレーな会社だったんですよね。

なので、1ヶ月でやめちゃいました!

うわ~、転落人生。。



詳細は下記記事でご確認いただきたいのですが、しょうがないっす!


そして、次の会社で本格的なコンサルをすることが決まったんです。


【参考記事】社長と合わないなら今すぐ辞めろ! 1ヶ月で辞めた私が思う短期間転職のメリット

営業マンが本格的なコンサル会社に転職した!



グレーなコンサル会社を1ヶ月で辞めたにもかかわらず、すぐに新しいコンサル会社に転職できた理由は、 転職サイトに登録したまま、ずっと他のコンサル会社の求人を見ていたおかげであり、 すぐに行動に移したからなんですね。


とあるコンサル会社が求人していることを知った私は、すぐに転職エージェントに私の今の事情を説明し、そのコンサル会社へ紹介してもらいました。

結果は、何とか合格!

どうせ、その会社も怪しいんだろ。

こっちゃんは他人の不幸話が好きでしゅもんね。。



普通はそう思いますよね?


実はその合格したコンサル会社は、社長が中小企業診断士であることから、同じ診断士として可能性があると私は感じてましたし、従業員に年齢が高い診断士が多いことも私に有利になると思ってました。


そして、タイミングも良かったんですね。

そのコンサル会社は財務に強く、普通であれば私の財務能力では難しいのですが、今は業務拡大を図っているらしく、財務以外にも力を入れていきたいという状況で営業人材を探していたという絶好のタイミングだったことも要因です。


なので、すんなり入社することができたわけであります。


正直、私はかなり運が良いと思いましたね。

なぜなら、中小企業診断士は数多いですが、

  • 40歳のおっさん
  • コンサル未経験
  • 知識、コンサル能力も高くない



そんな人間である私が、本格的なコンサル会社に入社でき、しかも財務が強い会社に入ることができたんですからね。

繰り返しますが、40歳のおっさんが未経験でコンサル会社に入れるなんて、ほとんどあり得ないんですよ。

なんせ、私自身がそうでしたが、100社以上も応募してグレーなコンサル会社の1社しか通りませんでしたから。


コンサル会社は基本、若手か経験豊富な人しか転職できません。

激務な割に最初は給料が高くないので経験を積める若手はいいですが、40歳以上に激務はきついですし、それなりの給料を貰おうとするのなら、経験豊富で即戦力しか無理です。

何より、コンサル会社にとっても未経験のおっさんを雇うメリットがありません。

なので、私は給与はダウンしましたが、コンサル会社に入社できること自体に運が良いと思ってましたし、喜んで入社したんです!

家族はちょっと嫌がりましたけど。(笑)


私が気合を入れていた理由は、転職できた他に新しいコンサル会社は “財務に強い会社” だったから。

前述しましたが、私は元々数字に強くなくむしろ弱い方だったんですね。


でも、なぜ数字に弱い私は財務が強いコンサル会社に転職したと言いますと、私が数字に弱いというコンプレックスを持っていたことに加え、「仕事ができる人は数字に強い」と勝手に考えていたことが理由であります。


やはり、数字でモノを語ることに憧れを抱いてましたし、当時は数字に強くなければコンサルタントではない!とまで思ってましたから。

なので、マーケティングや組織人事、営業、IT等、色々ある中で、あえて財務(数字)に強い会社に転職したわけであります。


まあ、大半の会社に断られたことも理由ですが。。

でも、素人がそんな会社の仕事できるのかよ。



いやー、やはり最初は訳も分からず、めちゃくちゃ大変でした!


ただね、、

やはり、私がしたかったコンサルに加え、数字に関連した業務をさせてもらうのに凄く充実感を感じていたのです!


もちろん最初は見習いやサブ扱いですけれども、自分が前からやりたかったことである、決算書を見ながら経営計画を作成することや銀行員とやり合いながら作成する経営改善計画、補助金支援、、顧問としての面談も行うんですよ。


まさに私は今、コンサルタントではないですか!


こんな感じで、中小企業診断士を取得して初めて、資格を活かし、コンサルティングができる喜びの中、私は凄く燃えていたんですね!


営業マンに経営コンサルティングができるのかよ?



そして私の主な業務は経営改善計画を作成することでした。


「経営改善計画書」とは、これから会社を興すとか新事業を行う場合の事業計画とは少し違います。

債務超過である会社に多いのですが、既に融資を受けた借入金の返済が、業績悪化によって返済が難しくなった際に、月々の返済額を減らしたり、返済スケジュールの変更、新たな融資をお願いするために金融機関に提出する計画のことです。


経験がある人であれば分かるのですが、知らない人の方が多いと思いますので、例として「日本政策金融公庫」の経営改善計画を少しUPしておきます。 


日本政策金融公庫の経営改善計画書は合計20ページほどで少し内容が薄いのですが、私のコンサル会社では、50~100ページほどになります。


なんせ財務を得意とするコンサル会社の改善計画なので、数値資料は凄く細かくなりますし、根拠資料も多くなるんですね。

そして、金融機関が納得する計画を作成しなければ支援を受けれませんのでミスは許されないですし、金融機関が集まって計画を発表する前の根回し等も必要になります。

うわ~。
バカなおめぇがそんなん作成できるのかよ。。

“超ウルトラハイパーどバカ” なあなたが言うなっての。

久々の登場で会心の一撃でしゅね。



銀行マンにナメられないようにこちらの主導で計画を作成することが必要ですし、知識もなければ能力も足らない私にとって、最初は簡単な案件でもしんどかったですね。


そして、サブ(補佐)ではないメインコンサルタントになってから難しい案件をするようになり、経営改善計画数件と顧問先を数件、経営診断案件、新規先相談業務、執筆、補助金申請支援等。。

一気に仕事が増加しました。

メインコンサルタントになってからの私の主なスケジュールが下記です。

【1日のスケジュール】

8:30  出社 本日のスケジュール確認
9:00  業務スタート 
      経営改善計画書の作成、銀行との電話でのやり取り
      クライアントの経営診断資料作成、電話確認

11:00 昼から顧問先訪問のため、資料作成(BL,PL,CS、売上分析表)

13:00 顧問先訪問

15:00 新しい訪問先や様々な会社案件で必要な書類を揃えるための電話
      様々な経営改善計画書作成のため、税理士や社長、銀行に電話
      経営診断報告書作成

18:00 終業
      同僚と一緒に支援している重い案件の打ち合わせ

19:00 この時間から集中して経営改善計画書を作成しまくる

23:30 終電に間に合わなくなるため、慌てて会社を出る


 

【案件数(常時の平均)】

経営改善計画書:8件
モニタリング報告書作成:4件
経営相談:随時
提案書作成:経営相談先に提案する資料
資金調達案件:1件
顧問先:4件
経営診断先:1件
執筆(会社メルマガ等)
たまに補助金申請書作成も

うわっ。。
仕事の内容は分からんが、やばそうなのは分かるな。



特に経営改善計画書作成がめちゃ多く、案件が重いのもまざってますし、複数あるので金融機関とのやり取りが多い!

もちろん、経営改善計画書の全てが急ぎではないのですが、数件の急ぎである計画書を仕上げた瞬間に、少し猶予があった案件が緊急案件になっています。


つまり、常に緊急案件を抱えていることになるのですが、日中は緊急案件ではない他の案件の資料手配や修正、電話でのやり取り、打ち合わせ等が多すぎて、緊急の計画書作成は通常時間中に集中して作成できません。

なので、定時が過ぎてやっと集中してやる感じです。


プラス、クライアントは経営が厳しい会社が多く、失敗すると倒産する可能性のあるものが多かったため、計画を雑に早く仕上げるわけにはいきませんし、プレッシャーがきつい状態が継続されます。

結果、ずっと追われまくってるストレスフルな状態であり、ほぼ毎日終電帰りでした。


おそらく、優秀なコンサルタントであれば、うまいことさばけるんでしょうが、能力がそんなに高くない私では正直無理でしたね。


まあ、どこのコンサル会社も似たようなもんでしょうし、私だけが特別忙しいわけでもないと思います。


ただ、コンサル会社は確かに大変ですが、

  • 仕事の優先順位
  • 仕事の進め方
  • 仕事、自分の管理能力
  • 仕事に対する考え方、論理的思考
  • 事業計画の作成方法、数値の組み立て方 等



以上のような多くのノウハウが学べるうえ、仕事量が多くミスが許されない緊迫した案件が多いので成長が早いです。

私はコンサル会社に2年ほどしかいませんでしたが、正直、日々の密度が濃すぎて倍の4年ぐらい在籍していた感覚でした。


私の経営コンサルティング・マーケティングが成功した実例をお話します!



コンサル実務の例として、ある運送会社の話をします。

その会社は売上が数年前から減少しており、ここ数年は営業赤字。

多額の減価償却不足もあり実質債務超過の会社でした。

しかも、金融機関からの借金の額がかなり膨れ上がっており、返済が難しくなっていたんです。


この案件は、ある公的機関からの紹介だったのですが、公的機関の専門家では経験不足で対応が難しい案件だったため、私のコンサル会社にまわってきたんですね。


そして、私が担当になったのですが、この案件の会社には予想以上に様々な問題や闇があることが分かったのです。

私が訪問した時、会社の社長は少しというかほぼ鬱状態でした。


また、社長の次に重要な右腕的社員がいたのですが、サボり癖があるのと、社長の悪口を従業員に言いふらしているため、社長は右腕社員を凄く嫌っていたんです。


でも、右腕社員がいないと会社の仕事が回らないため、右腕社員が仕事をまとめ、社長以下の従業員を牛耳っている状態であり、社長は頭が上がらなかったんですね。

そして右腕社員は社長の悪口を従業員に伝えるため、社長は従業員全員から無視されており、社長は敵といった感じで会社の雰囲気はもう最悪でした。

結果、社長は従業員を信頼できなくなって、ますます鬱になるという負のスパイラルに陥っていたんです。


この案件はほんとヤバかったですね。。

なんせ、数値計画を社長と作ろうとしても、なかなか前向きなアクションプランが出てこないし、何度も社長のネガティブ電話がかかってくるので、私もノイローゼになるかと思いましたよ。(笑)


社長がマイナス思考すぎて、社長が考えるアクションプランが全然出てこないし。。

また、引っ込み思案な社長なので、メインバンクがなく、金融機関との関係性も最悪。


社長が考えないということで、私が会社の実情に沿った実現可能性の高いアクションプランを提案し、経営面、マーケティング面、財務面を改善する計画を社長には意地でもやってもらうということにしました。


経営面では経営改善計画書を作成し、過去の売上の分析、コストの見直し、組織人事面の改善を行いました。

マーケティング面では、運用率が悪い倉庫の損益分岐点を出し、取引先との値段交渉、新規取引先の誘致方法、強みを活かした営業の仕方を考えました。

財務面は、リスケ(借入金の支払いを停止)することなく、メインバンクを設定し、メインバンクと一緒に借入返済計画を作成することにしたんです。


そして鍵となる具体的なアクションプランは、「社長と右腕社員が一緒に営業する」というものに私はしたんですね。

理由は、たとえ嫌いであっても仕事を全部取り仕切っている右腕社員と一緒に行動しなければ、売上UPはあり得ないからです。


なので、まず右腕社員に会社の経営状況を説明し、協力してもらうことが不可欠であることを知ってもらう。

そして社長から歩み寄ることで右腕社員と仲良くまではいかなくても、関係性を良くする。

営業先に詳しい右腕社員と一緒に、営業先に何度も訪問することで仕事量の増加を図り、重要取引先とは値段交渉を行い単価UPをお願いする。


以前は行っていた社長同士の交流会に再び参加してもらうことで、新規取引先を紹介してもらう。

仲が悪い金融機関へ毎月訪問し、資金援助の継続と協力をお願いする。


等、、

色々と考えて実現可能な数値計画を立てました。


しかし、この会社の根本的な問題は、右腕的社員との関係性の悪さ。

関係性が悪いためコミュニケーションがないことと、バラバラに行動してしまってることで業績が悪化しているのですね。

なので、計画実行当初は社長が嫌がるのなんの。。


また、右腕社員以外の従業員の信頼を回復させるためにも、右腕社員との関係性を良好にすることは不可避ですし、この問題を解決しなければ、この会社の今後はありません。


また、この会社の借入金の多さも問題でしたし、優柔不断で後ろ向きな社長の性格も災いし、金融機関との関係もよくなかった。

何より、「メインバンクがない」ということが問題を長引かせました。


つまり、 旗振り役がいないため、 どこの金融機関も他人事でなかなか金融調整がまとまらないんですね。


そのおかげで、あと1日金融調整が遅れていたら支払いができず、計画が破綻するどころか、会社がやばくなるところまでいきました。

この1日はずっと様々な金融機関と電話してましたし、ほんと、精神的にもまいりましたね。。


ただ、長時間かけて根気よく嫌がる社長を説得し、右腕社員と行動してもらうことと、金融機関との関係性をよくするために毎月顔を出してもらうようにした結果、業績は徐々に上向き、新規取引先も増加しました。

何よりも社長が明るくなった!ことが最大の収穫です。


右腕社員との関係性は最高までいかなくとも、コミュニケーションを増やしたため良くなっていってますし、社員との会話も増えました。


契約が終了し、久しぶりにお会いしたところ「本当にありがとうございました。」と心底感謝してもらったのは感慨深かったですね。

そりゃ、長い間、共に頑張ってきましたし、電話でよくケンカしてましたから。


今では懐かしいですね。


最近、元コンサル会社の社員と一緒に飲んでいた時に、この鬱社長の会社がどうなっているかを聞いたところ、私もびっくりするぐらい、さらに業績が良くなっていました。


この会社に長期間かかわったことで、今までよりレベルの高い、経営を再生するための手段であったり、計画の立て方、実現可能なマーケティングの構築方法を学びました。


ただ、コンサルの計画は “絵に描いた餅” とよく言われますが、そうではりません。

良い計画も実行されて初めて意味があるものとなるんです。


そのためには言葉ではなく、根拠のある数値で示し、実現可能だと理解してもらえるマーケティングプラン、何より、実行してもらうためには社長との信頼関係が不可欠だということを学びました。


なので、“計画を実行してもらうこと” こそがコンサルの最大の仕事だと私は気付いたのです。



私はコンサル会社で上記のような案件や潰れかけの会社、金融機関との緊迫した現場でのやり取り、再生支援の多くの実務経験を積んだおかげで、以前と比べてはるかに成長しましたし、自信にもなりました。

この時の経験が今のアパレル営業でも活きています。



でも、私の能力では手に負えないほどの仕事量を抱えていた時は、私は成長とか先のことまで考える余裕もなく、限界というか精神が崩壊してしまったんです。


営業マンはとうとう力尽きた。。



最後のとどめは事業計画プロジェクトの「部門別会計」でした。

部門別会計とは会社の部門ごとに会計をするというものだったのですが、顧問先は規模が大きいクセに会計システムが雑で、私はデータを集めることや分析に苦戦し、他の案件が手つかずになってしまったんです。


しかも、この難関な事業計画プロジェクトに加え、同じ顧問先から資金調達用の事業計画の策定を依頼され、内容が違う事業計画を同時並行で作成することに。


「なぜ、この時期に同じ会社で2個の事業計画を!?いい加減にしろー!!」


と心の中で叫んでました。


そして、この事業計画プロジェクト以外の他社案件で、10件ほどの経営改善計画を同時進行していたんですが、緊急の経営改善計画が遅れだし、緊急ではなかった経営改善計画も緊急に変わっていったのです。


結果、緊急である経営改善計画が何件にも膨らみ、 別の顧問先案件、モニタリング報告書作成、補助金申請書、新規のM&A案件がさらに加わり、しかも事業計画プロジェクトも悪戦苦闘中。

もうパンク寸前と言うか、実際はパンクに加え車体自体がボロボロ状態に。


「もう俺、だめかも。。」


時間がないことが能力不足である私をさらに追い立て、ミスが増え、修正のための仕事がさらに加わっていく。


こんな状況では当然、経営改善計画内容もボロボロ。

ひどい内容でも仕上がればまだいいほうで、もう間に合いそうにない計画もちらほら出てきたんです。


今まで何度も諦めそうになっても、何とか頑張ってきた私だったんですが、とうとう限界の限界を超えてしまいました。

「本当に、もうだめだ。。」

私はとうとうギブアップをしました。


そう、私は逃げることを選んだのです。


営業マン、コンサル会社を辞める



私は会社を辞めることにしたのですが、辞めた理由は下記です。

  • コンサルタントとして私の知識、経験、能力不足
  • 複数の難しい案件を効率よくこなすことができなかった
  • 会社に居続けるとクライアントにも会社にも迷惑をかける
  • 精神的にも肉体的にも疲弊しすぎた
  • コンサル会社のコンサルタントとしてやり続けたいと思わなくなった



つまり、コンサル会社のコンサルタントとしてやっていける能力もなければ、やる気も私にはない。

と感じたからですね。


もうコンサル会社でのコンサルタントはこりごり。

コンサル会社から逃げた私ですが、未練も後悔も全然なかったですね。


ただ、結果的にはコンサルタントに憧れていた “ただのおっさん” で終わりましたが、そんな私を受けれいてくれたコンサル会社には感謝しかありません。


冗談ではなく、本気です。


私みたいなおっさんで、しかも未経験にもかかわらず、入社させてくれました。

私は、本当に凄いコンサル会社の下で、凄い能力のボスや優秀な上司に一から教えてもらい、鍛えてもらったと思います。


このコンサル会社でやれたことで自信がつきましたし、苦しい案件で実践経験を積んだからこそ、今の私があると思うんですね。

また、凄すぎるボスに比べれば全然ですが、数値には詳しくなったし、コンサル能力も向上しました。


結果的にコンサル会社に入社したことで、人生が大きく変わったんです。


再びアパレル業界へ 新たな挑戦が始まった!



ということで、コンサルから逃げた私が今何をしているのかと言うと、、

アパレル業界に戻っちゃった!


ただいまじゃねーよ。。
戻ってくるって、おめぇダサすぎだぞ。

おかえりでしゅ!

ふー。
深刻な話が終わってやっと私の出番がきたわね。



確かに出戻りって、ダサいイメージがあるかもしれませんが、私にはそんなプライドなんかありません!


コンサル会社を辞める前に転職エージェントに良い求人を見つけてもらって、こそっと知らない顔して戻ってきちゃったのです。

でも、周りからはバカにされたろ?



元いたコンサル会社や中小企業診断士仲間からは「もったいない」と言われましたが、アパレル仲間からは、笑いながら、


「おかえりー」

「やっぱり戻ってきた?」


と少しバカにした顔をしながら話してましたよ。(笑)

だろうな。
で、今はアパレル会社で何してんだよ。
経営企画とか財務担当か?



それもよく聞かれるのですが、私の仕事は、、


ただの営業マン・・

「がちょ~ん」

やっちまったか。
コンサル会社にいた意味ね~。。

いいじゃない、あんたと同じ人生の落後者でも。

思いっきりバカにしてると思うでしゅ。



。。。


確かに、正直なところ、コンサル会社からアパレル業界に戻るときは、戻りたくて戻ったわけではありませんでした。

コンサル会社から逃げるためであり、慣れたアパレル業界が手っ取り早かったのが本音でしたから。


でも、一見関係なさそうに見える「営業」「転職」「コンサル」これらが全て、このサイトを立ち上げるきっかけとなったんですね。


営業を経験し、7回の転職や40代で未経験のコンサルへの転職の経験、そしてコンサルティングをした経験全てに共通していたこと・・・

それが「マーケティング」でした。



スーパー営業マンになるための極意は、「マーケティング」だったと気づいたのです。


営業の極意は、マーケティングだった



マーケティングとは?

  • 自分の魅力、強みを活かすこと
  • それを求めているお客さんに届けること



なので、、

営業力UPするためのマーケティングとは

  • 自分の魅力や特徴を理解する(自己分析)
  • 自分の魅力が活きる環境を整える(転職)
  • そのうえで自社や商品の魅力を理解して伝える(コンサル的視点)



だったんです。


つまり、今までバラバラのように見えていた、自己分析をして、転職活動を繰り返してきて、コンサルの仕事もしてきた、これらの活動で身に付けたスキルが、実はスーパー営業マンになるための極意だったのです!


その極意によって、今では今の会社に入って1年ちょっとしか経っていないにもかかわらず、会社では売上1位になり、自分で言うのもなんですが、私の今の会社への影響力は半端ないです。

最初は社長に営業のことや考え方でよく文句を言われましたが、今は一切何も言いませんし、提案や私のやりたいことを言えばあっさり通ります。


ほんと笑ってしまうぐらい、手の平返しが凄いんですよね。(笑)


だからこそ、今あなたがアパレル営業で悩んでいたら

  • 自分の魅力や特徴を理解する(自己分析)
  • 自分の魅力が活きる環境を整える(転職)
  • そのうえで自社や商品の魅力を理解して伝える(コンサル的視点)



という「マーケティング」をあなたにも身に付けていただきたいと思います。


でも、、

自己分析なんてどうやっていいか分かりませんよね。


しかもマーケティングを身に付けるために、私と同じように中小企業診断士を取るための勉強も大変だし、コンサルティングなんかも大変だからやりたくないし、経験がないと難しいですよね。。


私はおすすめもしません。



なので、そういったことを全て経験した私だからこそ、凝縮して伝えられるアパレル営業マンのための秘伝のマーケティング営業術を、このサイトでお伝えしています。


アパレル営業マンとして今後あなたとやりたいこと



私はアパレル業界に戻ってきましたが、決して後悔はしていません。

なぜなら、

自分がやりたいことをしてきた



冒頭でお伝えしたとおりだからです。


アパレル業界で営業を頑張り、やりたかった企画やバイトで販売職も経験し、苦悩しながら資格を取得し、憧れのコンサルタントにもなりました。

結果、転職回数が7回にもなってしまいましたが、やりたいことをしてきた結果、私は昔と比べて遥かに成長したと思っています。


まだ自分には満足していませんが、今こそ、「仕事ができる営業マン」になりたいとも思っているんですね。


正直、コンサル会社からアパレル業界に戻るときは、戻りたくて戻ったわけではありませんでした。

コンサル会社から逃げるためであり、慣れたアパレル業界が手っ取り早かったのが本音です。



ただ、アパレル業界に戻って分かったのが、やはり私はアパレル業界が好きで、昔からファッションにかかわるのが好きなんです。

昔から服バカでしたからね。(笑)



でもね、私はアパレル業界が好きであると同時に、アパレル業界が嫌いなんですよ。


アパレル業界は昔からあまり変わらず、腐っている部分が多いからです。


別にコンサルタントとして上から目線で言っているわけでありません。

昔から思っていたことですし、コンサル業界にいて尚更思うようになったんですね。


実際、コンサル会社に所属中もアパレル会社を何社か経営改善しましたが、他の業界と違って古い、考えが古い、昔から変わってないんです!



なので、私は出戻り組の分際ではありますが、今考えていること、やりたいことは、

「アパレル業界を盛り上げたい」




これです。


なぜ、私はアパレル業界を盛り上げたいのか?


前述しましたが、私はファッション、服が好きですし、アパレル業界やかかわっている人も気さくで感覚が若い人が多いので好きなんです。

そんな好きであるアパレル業界が盛り上がれば私自身も業界関係者も、もっと仕事が楽しくなるはず。


そして、私はファッションが好きな人を増やしたいし、ユニクロやGUもいいのですが、こだわったアパレルをもっと多くの人に楽しんでもらいたい、変わる自分を楽しんで欲しいんです。


何より、今、自分が携わっているアパレル業界の仕事に皆さんが誇りを持ってほしいですし、私は斜陽産業なんて言われたくない!んですね。

今アパレル業界にいるのであれば、身内や子供からも「パパすげー!」って言われたいし、少なくとも私はそう思っています。



男なら、アパレルの営業マンならもっと誇りを持って仕事をしたい!

そして世界のアパレル業界から、日本のアパレル業界はすげーって言わせたいんです!!


そのためには、斜陽産業と言われている今のアパレル業界を盛り上げる必要があると私は思っているんですね。



でも、私は現実のアパレル業界は衰退していっていると感じてますし、少なくとも “盛り上がって” はいないと思います。


根本的な問題は、

アパレル業界のビジネスモデルと「楽して稼いでやろう」としか考えていないバカな経営者がいることだと私は思っています。


アパレル業界は他の産業と違い、会社を新しく設立するときに初期投資が少なく、初期から稼ぎやすいといった特徴がありますね。

店を持つ場合は費用がかかりますが、アパレルメーカーの場合、工場とパイプがあれば設備投資する必要がなく商品をつくれます。


何より、メーカーであればブランド力は必要なく相手ブランドで作ればいいですし、元々取引していた取引先に他メーカーより安く提案できればオーダーが取れるんです。


そして仕入れる側はデザイナーではないので商品知識はありませんし、こだわったモノづくりを求めておらず、安くて売れ筋商品ばかり求めます。

なので、メーカーも安く作ることばかりに集中しますが、上層部もボンクラが多いので、それを良しとしている。



アパレル業界は減価償却費といったものが必要ないので、商品を安く作るにはスケールメリットである大量生産するしか値段が下がりませんし、仕入れ側もそれを知っているため、量を作って安くさせます。

メーカーは売上が欲しいので、商品によっては赤字でも受注する場合が出てきます。


売れ筋情報はすぐに他メーカーにも伝わり、特別な技術が必要な商品は少ないため、どのメーカーも簡単に他店、他メーカーの服のデザインをパクって作りまくる。


結果、店頭にはどこも流行の似たような品質の良くない服ばかりが大量にあふれ、消費者に飽きられます。

供給が需要をはるかに超えているため、売りさばくためには安くしないと量が売れない。


なので年中セールだらけ。

そしてセールでも売れないので、さらに安くしなければならないし、その安さをメーカーにも負担させる。

でも売れないから小売店も利益が出ない。


メーカーは赤字覚悟で受注し、利益が出ても値引きやセール対応、在庫安売りで利益なし。


生産工場はメーカーから値段で無茶を言われながらも、工場を回さなければならないため、無茶な値段でも引き受けるし、特別な技術がなければ他工場に仕事が行く可能性があるので、受けざるを得ない。


結果、アパレル業界は上から下まで、どこも儲からない。



この状態が健全でしょうか?


もう腐ってますよね。。



さらに設立したばかりのアパレルメーカーでも流行の服を他メーカーよりも安くすれば受注が取れるうえ、たまたまヒット商品がでればすぐに儲かってしまう。

たまたまなのに、バカ経営者は勘違いしてしまうんですよね。

「自分の実力だ、自分は凄い」と。


そして、儲かったお金を従業員に配分することなく、バカ社長が私利私欲で使いまくった結果、会社の資金繰りが悪化しあっさり倒産。

楽に儲かる産業は逆も然りで簡単に経営難に陥ることを分かっていない。


私は今まで、取引先や周りの会社でそんなバカ社長、バカ会社をいっぱい見てきました。


そんな人は元々、経営者の器ではないんですよね。


そういう一発屋の経営者に限って従業員を駒としか見ていないですし、こき使って辞めたければ辞めればいい、「俺は天才だから」「俺は贅沢したいから」といった考えを持っています。


前述した通り、アパレル業界のビジネスモデルが流行服をいかに早くパクって安く作るかになっているため、どこも儲からなくなっています。

それに加え、中小企業の社長はアパレルの従業員は給料が安くて当然みたいな考えを持っているので、優秀な人材が他業界に流出しているのも問題です。


そして営業。

売れない売れないとばかり言い訳をして、商品の魅力を伝える努力をせず、とにかく値段でしか勝負できない営業マンが多いんです。


そんなことありませんって!


店頭で1枚も売れていないのなら問題ですが、実際に会社の商品はどこかの店で売れているはずです。

なので、自社商品のどこかに魅力があるんです!


営業マンが自社商品の魅力を伝える努力をしていないこともアパレル業界が衰退している要因だと、私も自分に言い聞かせながら営業をしています。


こんな今のアパレル業界はダメ、絶対にダメだ!!




魅力ある商品を工場が生産し、メーカーが小売店に魅力を伝え、小売店がお客さんに伝え、お客さんに買ってもらう。

工場もメーカーも小売店も儲かり、お客さんは魅力ある商品を見つけ、喜んで買ってもらえる世界。

働く側はやりがいがあり待遇も悪くなく、人材がどんどん流入し、日本経済に影響を及ぼすアパレル業界。


こんなふうに、私は真剣に考えているんです。



ではアパレル業界をどう盛り上げるかですね。


私はアパレル業界の腐ったビジネスモデルを何とかしたいと思っていますし、優秀な人にアパレル業界を盛り上げてもらい、アパレルを羨ましい業界にして、若い人も年配の人もアパレル業界に入りたい!と思って欲しいとも考えています。


ただ、私一人では無理なんです。


私だけなら、今の会社を盛り上げることはできても、業界自体を盛り上げることはできないんですよ。


業界を盛り上げるには人数が必要ですし、優秀な人材が必要なんです。


なので、あなたの力が必要となるんです!


アパレル業界を盛り上げるには、私と同じく営業マンであるあなたの力が不可欠なんですね。

ただ、私と同じくタダの営業マンではアパレル業界を変えることはできません。


普通の営業マンではアパレル業界どころか会社内でも微妙な感じになってしまうからです。

なので、アパレル業界で影響力がある人材になるにはまず、会社内で影響力を持つ必要があるんですね。


そして会社内から次はアパレル業界全体に影響力を持つ。


残念ながら世の中は影響力がない人間には誰も付いていきません。

理由は、単純に付いていくメリットがないからです。


なので、私も含め、最終的にはアパレル業界全体に影響力を持つ力が必要なんです。



では、アパレル業界で影響力を持つにはどうするか。


アパレルメーカーであれば、多くのメーカーを束ねる、もしくは影響力があるメーカーになることで、その中で力を発揮することです。


多くのメーカーにメリットをもたらし、メーカーを束ねる立場になれば、各メーカーはあなたの会社の言動に左右されますし、付いていかざるを得ません。


まさに私は今、その活動を極秘で進めていますし、実際に何とかなりそうな状況になってきています。

私は社長ではありませんが、各メーカーとのやり取りの全てを任されている立場なので私が主導で活動できるんですね。


なので、着々と私はアパレル業界を盛り上げる方法を進めています。



今度はあなたの番です!



アパレル業界で影響力を持つ前にまず、会社内で影響力を持つ必要があると私は言いましたが、その影響力とは「売上」です。

会社内で売上を圧倒的に上げれば、あなたの会社内の立場は大きくなります。


そして、もう一つは「社長からの信頼」です。


会社での影響力を外部に示すためには、あなたが会社の代表とならなければならないのですが、会社の代表になるには社長から絶大な信頼を得ない限りは難しいです。


なので、まずは社長が認める売上を上げる必要があり、私が営業マンであるあなたにお願いする理由です。

営業マンは数字で社長を納得させることが出来ますし、営業以外では自分の実績が数字に表れないので社長の信頼を得ることに時間がかかる上、難しいんですね。


なので、私と同じく営業マンであるあなたにお願いしたいんです!



もし、まだ営業で数字を上げられていないのであれば、私のブログを参考にしてください。

私も営業としてまだまだ未熟な人間ではありますが、今の会社では一番の売上を上げており、会社の代表として多くのメーカーとのやり取りを行っています。


そして、私は今まで7回の転職経験やアパレル営業経験に加え、企画や販売職、起業・新事業支援、セミナー、経営相談から転職相談、コンサル会社にてコンサル経験、個人事業主としての活動等、様々な経験と実績があります。

なので、物足りない部分も当然あるでしょうが、同じアパレル営業マンとして、少しはお役に立てるところもあると思っています。



あなたがアパレル業界を少しでも盛り上げたい、あなたの仕事をもっと充実させたいと思うのであれば、是非とも一緒に頑張りましょう!


もし、アパレル業界はもういいや、と思っている場合も私の転職経験話が少しでも参考になると思いますし、他業界で盛り上げていただくためにもヒントになる話があると思います。


なので、私の話があなたの今後の人生に少しでもお役に立てれば幸いです。



最後にもう一度言いますが、私と一緒にアパレル業界を盛り上げましょう!

アパレル業界を盛り上げることは、私と同じく「あなたがやりたいこと」だと願っていますし、あなたの人生を盛り上げるためにも必要だと思います。



古い考えかもしれませんが、男なら、私と一緒に仕事にもっと熱を入れてみませんか?

アパレル業界を盛り上げることを「あなたが最もやりたいこと」してみませんか?


なにか偉そうに言ってしまって申し訳ないのですが、仕事にやりがいを持つ方が人生を絶対に後悔しないですし、アパレル業界をあなたが変えるとなれば、より人生が面白くなりませんか。


私はそう思うんですね。

せっかく今、アパレル業界にいるのですから。。



頑張ろう!

一緒にアパレル業界を盛り上げましょう!


私はやりますよ!!


今までもこれからも。




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